第二部:繋がる命のカルテと、双子のワルツ 第37話:ホワイトデーの奇跡と、大人のシルエット
第二部:繋がる命のカルテと、双子のワルツ
第37話:ホワイトデーの奇跡と、大人のシルエット
手作りクマさんチョコを千秋先生に手渡し、陽太パパを大嫉妬で大爆発させてから、一ヶ月。
私たちの世界のカルテには、ついに三月十四日――あの破天荒な銀髪の神様が不敵に予告していった、『ホワイトデーの特大の悪戯』のページが開かれようとしていた。
その日の深夜。
時計の針がてっぺんの十二時を回った頃、しんと静まり返った子供部屋に、ざあっと窓の隙間から温かい春一番のような風が吹き抜けた。
「ふはは! 待たせたな、ちびっこたち。神である私の、極上のホワイトデーのお返し(いたずら)を受け取るがいい!」
月明かりが差し込む窓辺に、さらさらとした銀色の髪を揺らした神様がふわりと現れた。
手には、陽太パパが明日私たちに渡そうと隠していた高級なマカロンの箱を持ってお茶目にモグモグと食べている。
神様が満足そうにパチンと指を鳴らした、その瞬間だった。
私のカバンの中で眠っていた『水晶のお守り』と、私の右手の薬指の『水晶の指輪』が、これまでにないほど眩い、まるで太陽のような温かい白い光をカッと放ち始めた。
(うわっ、眩しい……!? 美琴ちゃん、手を繋ぐんだ!)
千秋先生の魂の声に導かれるように、私もちいさな手を伸ばして先生の手をぎゅっと握りしめた。
その瞬間、私たちの体に不思議な感覚が走った。ちいさくてぷくぷくしていた手足が、ぐんぐんと嘘のように伸びていき、視線がどんどん高くなっていく。
着ていたちいさなパジャマが、神様の魔法によって、前世のあの懐かしい私服の姿へと形を変えていく。
光がすうっと収まった時――。
鏡の中に映っていたのは、ぷくぷくの六歳の子供ではない。
二十代の、少し大人びたピンク色のワンピースを着た私と、三十代の、知的で圧倒的な大人の包容力を纏った端整な顔立ちの千秋先生の姿だった。
「……美琴ちゃん? 本当に、僕たち、大人の姿に戻っているのかい?」
千秋先生の、あの低くて優しくて、耳の奥がじーんと熱くなるような本物の大人の声が、静かな部屋に響いた。
「千秋、先生……っ! 先生、先生……っ!!」
生まれつき涙もろい私は、もう我慢できずに大粒の涙をポロポロと流しながら、千秋先生の広い、温かい白衣……ではなく、ジャケットの胸の中へと飛び込んで大号泣してしまった。
現世では年齢差や世間の目に阻まれ、大人の姿では一度も堂々と抱き合うことすら許されなかった二人。
千秋先生は、私の体を大きな、温かい両腕でぎゅっと強く、壊れそうなほど愛おしそうに抱きしめ返してくれた。
先生の目からも、一筋の熱い涙が零れ落ち、私の髪を優しく撫でてくれる。
「長かったね、美琴ちゃん。五十年の遠回りを経て、この世界でようやく、君を大人の男としてこうして抱きしめることができた。……これが、僕からのホワイトデーのお返しさ」
千秋先生は、私の顎に細い指先をそっと添えると、ゆっくりと顔を近づけてきた。
月明かりに照らされる二人のシルエット。
お互いの唇が、現世で初めて、熱く、深く、優しく重なり合う。
それは、神様が私たちにくれた、どんな宝石よりも輝く永遠の愛の処方箋だった。
「――よしよし! パパが夜食のイチゴミルクを持ってきてあげたぞぉ〜〜……って、ええええええっ!?!?!?!?」
その最高にロマンチックな瞬間に、お約束のようにドアがバタン!と開き、盆を持った白衣姿の陽太パパが突入してきた。
そして、子供部屋の中央で熱烈な抱擁とキスを交わしている、見知らぬ二十代の美女と三十代の美男の姿を見て、陽太パパは目玉が飛び出すほど丸く見開いて絶叫した。
「だ、誰だ君たちはぁぁぁっ!? なんでうちの六歳の双子の部屋に、深夜に少女漫画みたいな美男美女が不法侵入して抱き合ってキスしてるんだいぉぉぉーーっ!? 千秋くんとみことちゃんはどこに隠したんだいぉぉぉっ!!」
陽太パパが持っていたお盆を床へガシャーンと落とし、腰を抜かしてひっくり返って大パニックを起こしている。
私は大人の姿のまま天然を発揮してあわあわとうろたえ、千秋先生は(やれやれ、本当に僕たちの息子は最高のタイミングで入ってくるね……)と、苦笑いしながら私の肩を抱き寄せた。
「おい、ちびっこたち。神の私の最高のお返し、堪能したようだな。タイムリミットだぞ」
屋根の上で神様がパチンと指を鳴らした瞬間、再び温かい光が私たちを包み込み、私たちの体はすうっと、元の可愛い六歳の双子の姿へと戻っていった。
「え? あれ? 一瞬で美男美女が消えて、うちの可愛い双子ちゃんに戻ったぁぁぁっ!?」
陽太パパが涙をボロボロと流しながら、パジャマの袖(白衣の袖)をびしょ濡れにして大号泣し、床に這いつくばって混乱している。
そんな陽太パパの姿を見ながら、私は千秋先生とちいさな手をベッドの上でぎゅっと繋ぎ直して、あぅあぅと幸せいっぱいの声を上げた。
一瞬だけの奇跡。
けれど、大人の姿で交わしたあの温もりと口づけは、私たちの魂に、決して消えない愛のカルテとして刻まれた。
神様がくれた、生まれ変わりの処方箋。
私たちの双子のワルツは、陽太パパの賑やかな大混乱と、春の訪れを告げる優しい夜風に乗って、ここからさらに温かく、誰も見たことのない最高の愛のページをめくっていくのだった。
(第37話・了。第38話へつづく)




