第二部。繋がる命のカルテと、双子のワルツ。第35話。真っ白な校庭と、ポケットのなかの特効薬。
第二部。繋がる命のカルテと、双子のワルツ
第35話。真っ白な校庭と、ポケットのなかの特効薬
二人三脚のレースで完璧なワルツのステップを披露し、陽太パパを小学校のフェンス際でカメラを片手に大号泣させてから、さらに数ヶ月の月日が流れた。
私たちの世界のカルテには、ついに『初めての冬(真っ白な雪の校庭)』という、最も冷たくて、でも最も温かい新しいページが追加されようとしていた。
「う、うわぁぁん! 千秋くん、みことちゃん! モコモコの防寒着姿が可愛すぎて、パパ、もう今日の夜診はお休みにしてみんなで雪だるまを作りたいよぉぉぉ!」
雪がしんしんと降り積もった朝。
玄関で、マフラーをぐるぐるに巻いた私たちを見て、白衣姿(雪の日なのにやっぱり白衣を羽織っている)の陽太パパが、早くもお約束のように目から滝のような大粒の涙を流して大号泣していた。
「陽太さん、診療所を休んだら患者の子供たちが困るで書よ! ほら、二人は風邪をひかないように、元気にいってらっしゃい!」
奥さんに雪かき用のスコップでぽんぽんと背中を叩かれながら、陽太パパが
「だってぇ、二人が赤い手袋をして並んでいるだけで、パパの涙腺のカルテは吹雪を起こしちゃうんだよぉ……」
と鼻水をすすっている。
私は生まれつき涙もろい目のまま、千秋先生とちいさな手をポンポンと合わせ合って、あぅあぅと幸せいっぱいの声を上げた。
そして、やってきた一年一組の休み時間。
「さあ、みんなで校庭に出て、雪合戦や雪だるまを作りましょうねぇ〜!」
担任の先生の声に合わせて、周りの本物の一年生の子供たちが、一斉にキャアキャアと真っ白な校庭へと飛び出していく。
おっとり天然な私は、嬉しくなって、手袋をしたちいさな手で雪を一生懸命に丸めて、可愛い「雪ウサギ」を作って楽しそうに遊んでいた。
けれど、生まれつき肌が弱くて涙もろい私は、夢中になって雪に触れているうちに、手先がじんじんと冷たくなってしまい、寒さと痛さでポロポロと大粒の涙をこぼして、楠の木陰でしゃがみ込んでしまった。
「う、うぅ……っ。おててが、ちめたいよぉ……っ」
(美琴ちゃん、やっぱり。夢中になると周りが見えなくなっちゃうんだから。……ほら、おててを出してごらん)
その瞬間、私の前に、モコモコのダウンジャケットを着たちいさな千秋先生(六歳)が、心配そうな、でもどこか呆れたような優しい笑顔で屈み込んでくれた。
千秋先生は、自分の防寒着のポケットをごそごそと探ると、白衣のポケット……ではなく、今朝陽太パパの診療所の自販機でこっそり隠して持ってきた、温かい『ココアの缶』をサッと取り出したのだ。
「はい、美琴ちゃん。これをぎゅって握って。……医学的にはね、末端の毛細血管が冷えると痛覚が刺激されるんだ。だから、まずはこれを心の特効薬にして温まるんだよ」
千秋先生はそう言って、温かい缶を私のちいさな手のひらに載せてくれて、さらにその上から、自分の温かい手をぎゅっと重ねて包み込んでくれた。
あの日、十五歳の夕暮れの公園で、泣き虫な私の涙を親指の腹で優しく拭ってくれた時の、あの世界一安心する大人の手の温もり。
(先生……っ、あったかいです……。赤ちゃんの体なのに、やっぱり先生の隣は、世界一最高の特等席ですねっ)
(あはは、美琴ちゃんが笑顔になってくれてよかった。君の涙を拭うためなら、僕は今世でも、いつでもポケットから温かい処方箋を取り出してあげるからね)
千秋先生がハチマキの奥……ではなく、ニット帽の奥から、深く目元のシワを寄せるようにして優しく微笑んだ。
その時、ざあっと、雪の積もった楠の木の枝から、心地よい冷たい風が吹き抜けた。
見上げると、真っ白な枝の上に、あの白い服を着た銀髪の神様がひょっこり腰掛けて、どこから持ってきたのかお正月の真っ赤なミカンをモグモグと食べながら、お茶目に大爆笑してこちらを見下ろしていた。
神様がパチンと綺麗に指を鳴らした瞬間、私の右手の薬指の(目には見えないけれど確かにある)水晶の指輪がキラリと神々しい黄金色の光を放ち、私たちのちいさな体に、雪を溶かすような不思議なポカポカとした温かい力が満ち溢れていった。
「雪のなかのカルテも、実にとろけるほど甘いな。ちびっこ名医たち、今世はお前たちのその温かい手のひらで、冬の寒さに震える人々の心も、たくさん救ってやるがいいぞ」
神様はそう言い残すと、白い羽をパタパタと大きく羽ばたかせて、青い空の向こうへと消えていった。
夕方。診療所を終えて小学校へ迎えにやってきた陽太パパが、担任の先生から
「千秋くんが、手が冷たくて泣いていたみことちゃんに、温かいココアをあげて優しく温めてあげていたんですよ」
と聞かされて、やっぱり校門の前でお約束のように玄関先で大号泣した。
「う、うわぁぁん、千秋くん、みことちゃん……っ! 二人はまだ六歳なのに、もうお互いの心のカルテをそんなに優しく労わり合っちゃうなんて……っ! パパ、二人の絆が尊すぎて、また白衣の袖(パジャマの袖)がびしょ濡れだよぉぉぉ……っ!」
陽太パパがうろたえながら私たちをぎゅーっと抱きしめる姿を見て、私は生まれつき涙もろい目のまま、千秋先生とちいさな手を防寒着の袖の後ろでぎゅっと繋ぎ直して、あぅあぅと幸せいっぱいの声を上げた。
大病院の権力も、難しい医学の言葉も、今の私たちのちいさな手のひらには何もない。
けれど、こうして真っ白な校庭で雪ウサギを作ってパパを大号泣させ、千秋先生のちいさなポケットの温もりに守られて笑い合う毎日は、五十年の遠回りなんて一瞬で吹き飛んでしまうほど、きらきらとした最高の愛に満ち溢れていた。
神様がくれた、生まれ変わりの処方箋。
私たちの双子のワルツは、陽太パパの賑やかな大号泣と、新しく救われたクラスのお友達の楽しそうな笑い声に乗って、ここからさらに温かく、誰も見たことのない最高の愛のページをめくっていくのだった。
(第35話・了。第36話へつづく)




