第二部。繋がる命のカルテと、双子のワルツ。第34話。二人三脚のワルツと、パパのカメラ目線 。
第二部。繋がる命のカルテと、双子のワルツ
第34話。二人三脚のワルツと、パパのカメラ目線
一年一組の教室でお隣の席になり、よちよち指先でクラスメイトの盲腸を見抜いて陽太パパを大号泣させてから、さらに数ヶ月。
肌寒い秋の風が心地よく吹き抜ける季節になり、私たちの小学校のカルテには、ついに『運動会(はじめての二人三脚)』
という、最も賑やかで熱いページが追加されようとしていた。
「う、うわぁぁん! 千秋くん、みことちゃん! 体操着姿が眩しすぎて、パパ、もうカメラを持つ手が震えてシャッターが切れないよぉぉぉ!」
運動会の朝。
校庭の観客席の最前列で、大きな望遠レンズ付きのカメラを構えた白衣姿(休日なのにやっぱり白衣を着てきてしまった)の陽太パパが、早くもお約束のように目から滝のような大粒の涙を流して大号泣していた。
「陽太さん、恥ずかしいから泣かないで! ほら、他の親御さんたちが見てるわよ!」
奥さんにビデオカメラで頭をぽんぽん叩かれながら、陽太パパが
「だってぇ、二人が並んでハチマキを巻いてるだけで、パパは涙腺のカルテが決壊しちゃうんだよぉ……」
と鼻水をすすっている。
私は生まれつき涙もろい目のまま、千秋先生とちいさな手をポンポンと合わせ合って、あぅあぅと幸せいっぱいの声を上げた。
そして、ついに始まった一年生の大目玉種目
――『双子ちゃん、三人四脚の二人三脚レース』。
白線を引かれたトラックのスタートラインに、私たちは並んで立った。
ちいさな足をお互いに赤い紐でぎゅっと結び合い、肩を並べる。
(……美琴ちゃん、緊張しなくて大丈夫だよ。僕たちの魂は、五十年前からずっと同じリズムで動いてきたんだからね)
(はい、千秋先生……っ。先生の肩にこうして腕を回せるなんて、赤ちゃんの頃にハイハイを特訓していた時と比べたら、夢のようなデートですっ)
千秋先生(六歳)が、ちいさなハチマキの奥から、深く目元のシワを寄せるようにして優しく微笑んだ。
見た目は可愛い一年生だけど、その頼もしさは前世の大病院の院長先生そのものだ。
「――位置について、よーい、ドン!」
ピストルの音が鳴り響き、周りの双子ちゃんやペアの子供たちが一斉にドタバタと走り出す。
中身が大人のベテラン夫婦である私たちは、目線を見合わせ、阿吽の呼吸で一歩を踏み出した。
「いち、に! いち、に!」
声帯は六歳だけど、私たちの足並みは完璧なワルツのステップのように滑らかだった。
驚くほどのハイスピードで、私たちは次々と前のペアを追い抜いていく。
けれど、トラックの第3コーナーを曲がった、その時だった。
おっとり天然な私は、舞い散る砂ぼこりに少し目をとられてしまい、自分の右足がもつれてズサーッと派手に地面に転びそうになってしまった。
「ひゃああっ!?」
(美琴ちゃん、危ない……っ!)
その瞬間、結ばれた足の痛みを恐れず、千秋先生が私のちいさな体をその細い右腕でガシッと抱きとめるようにして支えてくれた。
あの日、十五歳の夕暮れの公園で、泣き虫な私の涙を指先で優しく拭ってくれた時の、あの圧倒的な大人の包容力。
「大丈夫だよ、美琴ちゃん。さあ、僕に体を預けて」「……はいっ、先生!」
私は涙を流す暇もなく、先生としっかりと目を合わせ、もう一度力強く地面を蹴った。
そこからは、まさに二人の愛の独壇場だった。
手をぎゅっと握り締め、私たちは風を切って、ぶっちぎりのトップでゴールの青いテープへと飛び込んだのだ。
「1位は、宮司千秋くん・みことちゃんペア!」
先生たちの歓声が響き渡る中、私は嬉しくて、千秋先生のちいさな胸に飛び込むようにして大号泣してしまった。
「先生……っ、転びそうだったのに、助けてくれてありがとうございました……っ!」
「あはは、美琴ちゃん、よく頑張ったね。やっぱり君の隣を走るのは、世界一最高のカルテだよ」
千秋先生は私の頭を、ちいさな、温かい手でぽんぽんと撫でてくれた。
その時、ドンドコドンドコ! と、応援団の太鼓の音に混じって、尋常じゃないほど激しい拍手の音が聞こえてきた。
見上げると、小学校の白い朝礼台の屋根の上に、あの白い服を着た銀髪の神様がひょっこり腰掛けて、応援用のメガホンを片手に、お茶目に大爆笑しながらおにぎりをモグモグと食べていた。
神様がパチンと綺麗に指を鳴らした瞬間、私の右手の薬指の水晶の指輪がキラリと輝き、運動会のご褒美として、私たちのちいさな体に心地よい温かい風が吹いた。
「見事な二人三脚だな、ちびっこ名医たち。現世の嵐を乗り越えたお前たちなら、どんなに紐で結ばれようとも、つまづくことなどないぞ」
神様はそう言い残すと、白い羽をパタパタと大きく羽ばたかせて、青い空の向こうへと消えていった。
「う、うわぁぁん! 二人の愛の二人三脚が美しすぎて、パパ、もう今日の夜は診療所を貸し切りにして大お祝いパーティーを開くよぉぉぉ!!」
観客席から、カメラを持った陽太パパが、白衣の袖をびしょ濡れにして大号泣しながらトラックのフェンスまで駆け寄ってきた。
「パパ、二人が1位を獲るって、最初から信じていたよぉぉぉ! 最高のご褒美のカルテだよぉぉぉ!」
陽太パパが滝のような涙を流しながら私たちをぎゅーっと抱きしめる姿を見て、私は生まれつき涙もろい目のまま、千秋先生とちいさな手をハチマキの後ろでぎゅっと繋ぎ直して、あぅあぅと幸せいっぱいの声を上げた。
大病院の権力も、難しい医学の言葉も、今の私たちのちいさな手のひらには何もない。
けれど、こうして運動会のトラックをお隣同士で手を繋いで駆け抜け、パパを大号泣させ、千秋先生のちいさな包容力に守られて笑い合う毎日は、五十年の遠回りなんて一瞬で吹き飛んでしまうほど、きらきらとした最高の愛に満ち溢れていた。
神様がくれた、生まれ変わりの処方箋。
私たちの双子のワルツは、陽太パパの賑やかな大号泣と、新しくできた学校のお友達の万雷の拍手 electoral に乗って、ここからさらに温かく、誰も見たことのない最高の愛のページをめくっていくのだった。
(第34話・了。第35話へつづく)




