第二部。繋がる命のカルテと、双子のワルツ。第33話。ピカピカのランドセルと、お隣の席の内緒話。
50年目の恋文 〜神様の決めた許嫁と歩む、半世紀のカルテ
〜第二部。繋がる命のカルテと、双子のワルツ。
第33話。ピカピカのランドセルと、お隣の席の内緒話
財団の叔父さんが診療所にやってきて過去最大の大パニックを陽太パパに引き起こしてから、さらに数年の月日が流れた。
私たちは無事に六歳を迎え、私たちの世界のカルテには、ついに『小学校』という、最も新しくて眩しいページが追加されようとしていた。
「う、うわぁぁん! 千秋くん、みことちゃん! ランドセル姿が眩しすぎて、パパ、もう今日の診療所はお休みにしてみんなで学校についていきたいよぉぉぉ!」
入学式の朝。
玄関で、大きな赤と黒のランドセルを背負った私たちを見て、白衣姿の陽太パパがまたしてもお約束のように目から滝のような大粒の涙を流して大号泣していた。
「もう、陽太さん、近所迷惑だから泣かないの! ほら、二人は元気にいってらっしゃい!」
奥さんに笑顔で見送られながら、私たちはちいさな手をぎゅっと繋ぎ合って、元気よく小学校へと歩き出した。
やってきた一年一組の教室。
黒板の前で先生が
「さあ、みんな、初めての席替えをしましょうね!」
と笑顔でクジ引きの箱を持ってきた。
中身が大人のベテラン夫婦である私たちは、心の中で
(どうか離れ離れになりませんように)
と祈っていた。
すると、天井からざあっと心地よい秋の風が吹き抜け、私のクジの紙に、きらきらとした金色の光の糸が一瞬だけ結ばれたように見えた。
「――宮司千秋くんの席は、窓側の後ろから二番目。そのお隣は、宮司みことちゃんね!」
先生の声に、私は嬉しくなって
「わあーい!」
と声を上げた。
あの破天荒な銀髪の神様の粋な悪戯に違いない。
私たちは並んでお隣の席に座ると、授業中に教科書の影に隠れて、こっそりと大人の内緒話を始めた。
(千秋先生、お隣の席になれて、とっても嬉しいです……っ)
(ああ、僕もだよ、美琴ちゃん。授業中にこうして君の横顔を眺められるなんて、大病院の過酷なカルテに追われていた前世では考えられない、最高の特等席だね)
千秋先生(六歳)が、ちいさな机の下で私のちいさな手をぎゅっと握りしめて、深く目元のシワを寄せるようにして優しく微笑んだ。
見た目は可愛い一年生だけど、その瞳には私への消えない愛おしさが満ち溢れている。
そんな二人のラブラブな時間が流れる国語の授業中のことだった。
「う、うぅ……っ。お腹が、痛いよぉ……っ」
突然、斜め前の席の男の子が、机の上にぐったりと突っ伏して、苦しそうな声を上げた。
「大変! 拓也くん、どうしたの!?」
担任の先生が慌てて駆け寄るけれど、男の子は顔を真っ白にして、自分の右下腹部をちいさな手でぎゅっと押さえながら激しく泣き出してしまった。
「熱は高くなさそうだけど……急にお腹が痛くなったのね。保健室へ行きましょう」
先生が男の子をおんぶしようとした、その時だった。
他人の痛みに誰よりも敏感な私の天然な直感が、激しい危険信号を鳴らした。
この痛がり方、この姿勢、どこかで見たことがある。
「あぅ、先生……っ! ただのお腹のイタイイタイじゃありません……っ!」
生まれつき涙もろい私は、お友達の苦しそうな顔を見ただけで、一瞬で大粒の涙を流して叫んでしまった。
(美琴ちゃん、右下腹部の激痛、そして前屈みの姿勢……間違いない、急性虫垂炎(盲腸)だ。一刻を争うぞ。……よし、陽太先生……じゃなくて、僕の出番だね)
千秋先生(六歳)の瞳に、命と向き合う『医は仁術』の、圧倒的なプロの輝きが宿った。
千秋先生は、ランドセルの中から、いつも陽太パパの診療所で磨いてきた手品用の折り紙の風船をパッと取り出すと、泣き叫ぶ男の子の前にすっと歩み寄った。
「ほら、ちいさなヒーロー。痛い虫を全部吹き飛ばしてくれる魔法の風船さ。僕が今から、君のお腹をトントンしてあげるからね」
千秋先生は、驚く担任の先生をすり抜けると、男の子の右下腹部を、自分のぷくぷくとしたちいさな指先で優しく「トントン」と叩いてみせた。
男の子はビクッと体を跳ね上げて、さらに激しく痛がった。
反跳痛――盲腸がひどく炎症を起こしている証拠だった。
「先生、保健室じゃダメです! すぐに救急車を呼んで、陽太先生の……ううん、千秋地域診療所に連絡してください! 盲腸が破裂しそうなんです!」
六歳の千秋くんが、大人のような落ち着いた、でも絶対に迷いのない強い声で担任の先生に告げた。
その圧倒的な名医としての覇気に気圧され、先生は慌てて「わ、分かったわ!」と救急車と陽太パパの診療所へ電話をかけた。
ざあっと、教室の窓から心地よい秋の風が吹き抜けた。
見上げると、校庭の大きな楠の木の枝の上に、あの白い服を着た銀髪の神様がひょっこり腰掛けて、おにぎりをモグモグしながらお茶目にウィンクをしてみせた。
神様がパチンと綺麗に指を鳴らした瞬間、私の右手の薬指の水晶の指輪がキラリと輝き、お友達の男の子の痛みが一時的にすうっと和らぐような、不思議な温かい力が教室全体を包み込んだ。
「小学校のカルテも、実に見事な初陣だな。ちびっこ名医たち、今世もその優しい手のひらで、たくさんの命を救ってやるがいい」
神様はそう言い残すと、白い羽を大きく羽ばたかせて、青い空の向こうへと消えていった。
夕方。
陽太パパの診療所の迅速な手配によって、男の子は大病院へ緊急搬送され、無事に手術を終えて一命を取り留めた。
一歩遅ければ腹膜炎を起こす大ピンチだったという。
「う、うわぁぁん……っ、本当に良かったよぉ……っ!」
小学校へ迎えにやってきた陽太パパが、校門の前でへなへなと崩れ落ち、白衣の袖(パジャマの袖)で目から滝のような大粒の涙を流して大号泣した。
「千秋くん、みことちゃん……っ! 二人はまだ六歳なのに、学校のクラスメイトの命まで、その優しい指先で見抜いて救っちゃうなんて……っ! パパ、二人が誇らしすぎて、また涙が止まらないよぉぉぉ……っ!」
陽太パパがうろたえながら私たちをぎゅーっと抱きしめる姿を見て、私は生まれつき涙もろい目のまま、千秋先生とちいさな手をランドセルの後ろでぎゅっと繋ぎ直して、あぅあぅと幸せいっぱいの声を上げた。
大病院の権力も、難しい医学の言葉も、今の私たちのちいさな手のひらには何もない。
けれど、こうして一組の教室でお隣の席に座ってパパを大号泣させ、千秋先生のちいさな指先で新しい命の危機を救っていく毎日は、五十年の遠回りなんて一瞬で吹き飛んでしまうほど、きらきらとした最高の愛に満ち溢れていた。
神様がくれた、生まれ変わりの処方箋。
私たちの双子のワルツは、陽太パパの賑やかな大号泣と、新しく救われたクラスメイトの未来の足音に乗って、ここからさらに温かく、誰も見たことのない最高の愛のページをめくっていくのだった。
(第33話・了。第34話へつづく)




