第二部。繋がる命のカルテと、双子のワルツ。第32 話。診察室の親子三代と、パパの過去最大の大パニック。
50年目の恋文 〜神様の決めた許嫁と歩む、半世紀のカルテ
〜第二部。繋がる命のカルテと、双子のワルツ~
第32話。診察室の親子三代と、パパの過去最大の大パニック
幼稚園の園庭で寂しそうにしていた叔父さんの孫娘ちゃんに、千秋先生がちいさな手でお守りを手渡してから、一週間。
私たちの世界のカルテには、ついに『親子三代の大集結』という、これまでにないほどスリリングで、そして最高にコミカルな新しいページが追加されようとしていた。
「千秋くん、みことちゃん。……おじいちゃんね、あのきらきらのお守りを枕元に置いたら、次の日にすぐ元気になって退院できたの! だから今日、一緒にお礼を言いにきたんだよ!」
ある日の午後。
診療所の受付の鈴がカランカランと鳴り響き、ドアを開けて入ってきたのは、あのひよこ組のお友達の女の子だった。
そして、その女の子のちいさな手を優しく握り、隣に立っていた男性の姿を見て、受付にいた陽太パパはヒッと息を呑んで硬直した。
そこに立っていたのは、高級なスーツを綺麗に着こなし、すっかり顔色の良くなった――あの医療財団の元最高責任者、叔父さんだった。
「お、叔父さん……っ!? もう退院されたんですか!? っていうか、どうしてうちの幼稚園の娘と……」
陽太パパがアワアワと声を荒らげる中、叔父さんは優しく孫娘の頭を撫でると、ゆっくりと歩みを進めた。
けれど、叔父さんが真っ直ぐに向かったのは、陽太パパのデスクではなかった。
待合室のキッズスペースで、おっとり天然な笑顔でおもちゃのブロックを積み上げていた私と、それを知的な瞳で見守っていた千秋先生(三歳)の目の前だった。
叔父さんは私たちの前にそっと屈み込み、目線を同じ高さに合わせると、大人の体を小さく折り曲げて、目からボロボロと熱い涙を流しながら深々と頭を下げた。
「千秋くん、美琴さん……。この度は、私の孫を通じて、命の救済(お守り)をいただき、本当にありがとうございました。病床で、君たちのあの嵐の夜の『医は仁術』の魂が、私をもう一度この世界へと引き戻してくれたのです」
格式高い財団の元トップが、三歳の双子の子どもに向かって、涙を流して完璧な敬語でお礼を述べている。
そのあまりにも異様な光景に、陽太パパは完全に石のようにカチコチに固まり、手に持っていた電子カルテのタブレットを床へとポロリと落とした。
「え……? ええええええっ!?!? な、なんで財団の元トップの叔父さんが、うちの三歳児の双子に向かって『千秋くん』『美琴さん』って敬語を使って泣いてるのぉぉぉーーっ!?」
陽太パパの過去最大の大絶叫が、診療所中に響き渡った。
隣にいた千秋先生(三歳)は、さすがに(あちゃあ、叔父さん、感謝のあまり本音が出すぎだよ。陽太パパが泡を吹いて倒れそうだ)という顔をして、ちいさな手を額に当てて苦笑いしている。
他人の痛みに誰よりも敏感で涙もろい私は、叔父さんが元気になってくれたことが嬉しくて、やっぱり一緒になってポロポロと大粒の涙を流してしまった。
「う、うわぁぁん……っ、叔父さん、元気になって本当によかったですぅ……っ」
「美琴さん、泣かないでおくれ。君の綺麗な涙を、私の不徳のために流させては申し訳ない」
叔父さんが慌てて高級なハンカチを取り出そうとする姿を見て、陽太パパはもう脳のキャパシティが限界を迎えたように頭を抱えて暴れている。
「ちょっと待って! 誰か僕に説明してよ! お父さん、お母さん、天国から僕に赤ちゃんのカルテの読み方を教えてよ〜! なんで三歳のみことちゃんが『叔父さん』って呼んでるの!? なんでみんな普通に会話が成立してるのぉぉぉっ!!」
陽太パパがパジャマの袖(白衣の袖)をびしょ濡れにして大号泣し、叔父さんの孫娘ちゃんが「パパ、泣き虫さんだねぇ」とクスクス笑っている姿を見て、私は千秋先生とちいさな手をベッドの下(サークルの下)でぎゅっと繋ぎ直して、あぅあぅと幸せいっぱいの声を上げた。
ざあっと、診療所の窓から心地よい秋の風が吹き抜けた。
見上げると、受付のカウンターの上の招き猫の陰から、あの銀髪の神様がひょっこり顔を出して、お茶目におにぎりをモグモグしながらウィンクをしてみせた。
神様がパチンと綺麗に指を鳴らした瞬間、私の右手の薬指の水晶の指輪がキラリと輝き、診療所全体を温かい光で包み込んだ。
「親子三代、いや、過去のカルテがすべてひとつの場所に繋がったな。ちびっこ名医たち、人間の喜劇もなかなかに面白いではないか」
神様はそう言い残すと、白い羽をパタパタと大きく羽ばたかせて、青い空の向こうへと消えていった。
難しい医学の知識も、大病院の権力も、今の私たちのちいさな手のひらには何もない。
けれど、こうして過去の因縁を温かい絆に変えてパパを大パニックに陥れ、千秋先生とちいさな手をぎゅっと繋ぎながら笑い合う毎日は、五十年の遠回りなんて一瞬で吹き飛んでしまうほど、きらきらとした最高の愛に満ち溢れていた。
神様がくれた、生まれ変わりの処方箋。
私たちの双子のワルツは、陽太パパの賑やかな大号泣と、新しく繋ぎ直された家族の未来の足音に乗って、ここからさらに温かく、誰も見たことのない最高の愛のページをめくっていくのだった。
(第32話・了。第33話へつづく)




