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第二部。繋がる命のカルテと、双子のワルツ。第26話。夜中のハイハイ大特訓と、神様の置き土産。

50年目の恋文 〜神様の決めた許嫁と歩む、半世紀のカルテ


〜第二部。繋がる命のカルテと、双子のワルツ~


第26話。夜中のハイハイ大特訓と、神様の置き土産 


私たちが双子の赤ちゃんとして生まれ変わってから、数ヶ月の月日が流れた。 


おっとり天然な私の『みこと』という名前と、知的な千秋先生の『千秋』という名前は、陽太パパが「僕の大好きなお父さんお母さんから、名前をもらったんだよ」と言って、今世でもそのまま私たちにつけてくれた。 


首もすっかりすわり、私たちの世界のカルテは、日に日に賑やかさを増している。 


けれど、中身が五十代と六十代のベテラン夫婦である私たちは、今、ひとつの大きな『もどかしさ』と戦っていた。


(美琴ちゃん、聞こえるかい? ……よし、陽太パパたちも寝静まったみたいだね) 


真夜中。


静まり返った子供部屋のベビーベッドの中で、隣の布団から千秋先生(男の子の赤ちゃん)の魂の声が私の頭に響いた。 


パチリと目を覚ました私は、ぷくぷくの手足を動かして先生の方を向いた。


(はい、千秋先生。……今日も陽太パパ、抱っこしながら『可愛いなぁ』って大号泣していましたね)


(あはは、本当に僕たちの息子は涙もろくて困るよ。……さあ、美琴ちゃん。今夜も『あれ』の特訓を始めようか。早く大きくならないと、手を繋いでデートにも行けないからね) 


千秋先生のその言葉に、私の小さな胸がドクンと跳ねる。 


そうなのだ。


私たちは、中身は大人のラブラブ夫婦なのに、体が赤ちゃんだから自分たちの力で移動することすらできない。


早く自由に動き回って、先生の隣を歩きたい! その一心で、私たちは毎晩、陽太パパたちに内緒で『ハイハイの特訓』を重ねていた。


「う、うぅ……アブゥ」 


私は一生懸命に力を込めて、小さな体をコロンとひっくり返し、うつ伏せの姿勢になった。 


千秋先生も、さすが元大病院の院長、もの凄い集中力で「フンス、フンス」と鼻を鳴らしながら、小さなお尻を持ち上げて四つん這いのポーズをとっている。


見た目は最高に可愛い赤ちゃんだけど、中身は真剣そのものだ。


(よし、美琴ちゃん。まずは右の手を出して、次に左の膝を……。医療的には、赤ちゃんのハイハイは脳の運動機能を育てる大切なプロセスなんだよ)


(先生、赤ちゃんの説明書みたいでかっこいいです……っ。うんとこしょ、どっこいしょ……あ、あれ?)


 私が天然を発揮して、右の手と右の足を同時に出してしまい、バランスを崩してベッドの柵にゴロンと転がってしまった、その時だった。


「お前たち、夜中にずいぶんと奇妙なカルテを紡いでいるな」 


ざあっと、閉まっているはずの窓から心地よい秋の風が吹き抜け、月明かりの差し込む窓辺に、あの銀髪の神様がふわりと腰掛けていた。手には、どこから盗んできたのか、私がお昼に陽太パパの奥さんから買ってもらった、大好きなイチゴのショートケーキをフォークで美味しそうに食べている。


「か、神様……っ!」 


私が心の中で叫ぶと、神様はケーキをモグモグさせながら、お茶目ににやりと笑った。


「現世で50年も遠回りしたくせに、今度は生き急ぐようにハイハイの特訓か。本当に、お前たちの愛の熱量には神の私も呆れるばかりだぞ。ほれ、そんなに焦らなくても、時間はたっぷりあるではないか」


(神様、僕たちを生まれ変わらせてくれたことには心から感謝しているよ)


 千秋先生が四つん這いの姿勢のまま、知的な瞳で神様を見上げた。


(でもね、体が赤ちゃんだと、美琴ちゃんに不意に白衣のポケットから手品を見せて笑顔にさせることもできないんだ。だから、1日でも早く大きくなりたいのさ)


「ふん、相変わらず愛妻家な医者め」


 神様は最後の一口をパクリと平らげると、空っぽになったお皿を消し去り、パチンと綺麗に指を鳴らした。 


その瞬間、私の薬指の(目には見えないけれど確かにある)水晶の指輪が、キラリと優しい黄金色の光を放った。


すると、大特訓でクタクタだった私たちのちいさな体に、じんわりと温かい新しい元気が満ち溢れていく。


「これは私からの『置き土産おまけ』だ。明日の朝、パパになった陽太の慌てる顔を、特等席で楽しむがいい」 


神様はそう言って白い羽を大きく羽ばたかせると、夜空の向こうへと消えていった。 


そして、翌朝。


「うわぁぁぁん!! 大変だ、大変だよ、ママァァァーーッ!!」 


診療所の白衣を着る前のパジャマ姿の陽太パパが、髪を振り乱して子供部屋に飛び込んできた。


その目は信じられないものを見たように丸く見開かれ、お約束のようにボロボロと大粒の涙を流している。


「ど、どうしたの、陽太さん!? 朝からそんなに大声を上げて!」 


奥さんが慌てて後ろから駆けつける。


陽太パパは、ベビーベッドの中を指差してガタガタと震えていた。


「み、みことちゃんと千秋くんが……! まだ生後数ヶ月なのに、二人で完璧なフォームで、もの凄いスピードで部屋中をハイハイしてるんだよぉぉぉっ! 医学の教科書にも載ってないよ、こんなの天才のカルテだよぉぉぉっ!!」 


ベッドの中で、私は先生の顔を見合わせて、心の中でクスッと笑ってしまった。


神様のおまけの力のおかげで、私たちのハイハイは完璧にマスターされていたのだ。


二台のベッドの隙間を、私が天然でズサーッと滑り込みながら前進する後ろを、千秋先生が(美琴ちゃん、上手上手。でも陽太パパが腰を抜かしているから、少しスピードを落とそうか)と、優しげに微笑みながら追いかけてくる。


「う、うわぁぁん、僕の子供たちは世界一の天才ドクターとナースになるに違いないよぉぉ……っ!」


 陽太パパが嬉しさと驚きで白衣の袖(パジャマの袖)を濡らして大号泣する姿を見て、私は生まれつき涙もろい目のまま、あぅあぅと幸せいっぱいの声を上げた。 


難しい医学の知識も、大病院の権力も、今の私たちのちいさな手には何もない。 


けれど、こうしてパパを困らせて笑い合い、千秋先生とちいさな手を繋ぎながら一歩ずつ進む毎日は、五十年の遠回りなんて一瞬で忘れてしまうほど、きらきらとした最高の愛に満ち溢れていた。 


神様がくれた新しい命の処方箋。 


私たちの双子のワルツは、陽太パパの泣き声と街の秋風に乗って、ここからさらに楽しく、賑やかにステップを踏み出していくのだった。


(第26話・了。第27話へつづく)

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