第二部繋がる命と、双子のワルツ。第25話。ベビーベッドの内緒話。
50年目の恋文 〜神様の決めた許嫁と歩む、半世紀のカルテ
〜第二部:繋がる命のカルテと、双子のワルツ。
第25話。ベビーベッドの小さな内緒話
オギャア、オギャアと、自分でもびっくりするほど高い産声を上げて、私たちはこの世界に新しく生まれ変わった。
あの破天荒な銀髪の神様が
「現世で一緒にいた時間が短くて可哀想だから、神のおまけだ!」
とパチンと指を鳴らした、あの光の瞬間のことは、今でもはっきりと覚えている。
次に目を覚ました時、私たちの世界のすべては、真っ白で木格子のついた『ベビーベッド』の中に変わっていた。
「あぅ……あー、うぅ」
おっとり天然な私は、自分の意思とは関係なく「あぶぅ」とか「うー」とかしか声が出ないことに、焦って小さな手足をバタバタと動かした。
自分の手を見ると、驚くほどちいさくて、もみじのようにぷくぷくとした、赤ちゃんのちいさな手だ。
(美琴ちゃん、落ち着いて。深呼吸、深呼吸だよ。……って、赤ちゃんの深呼吸は難しいか)
声は聞こえない。けれど、すぐ隣の布団から、魂を通じてはっきりと『千秋先生の声』が頭の中に響いてきた。
驚いて横を向くと、同じベビーベッドの中に、私と同じようにぷくぷくとした手足を持った、でも驚くほど知的な、優しげな目をした男の子の赤ちゃんが寝転がっていた。
(先生……っ! 本当に、本当に私たち、一緒に生まれ変われたのですね……っ!)
(ああ、大成功だ。神様の悪戯もたまには粋なことをする。……ほら、美琴ちゃん。ちいさな手を伸ばしてごらん)
千秋先生(男の子の赤ちゃん)の言葉に促されて、私が一生懸命に短い右手を伸ばすと、先生も短い左手を伸ばしてくれた。
ぎゅっ。 お互いのぷくぷくとした、ちいさな小指がしっかりと結ばれる。
五歳の夏の日、あの神社の境内で神様が見せてくれた金色の光の糸。
そして、五十五歳の私の薬指に光っていた水晶の指輪の温もりが、生まれた瞬間のこのちいさな指先から、カチリと熱を持って蘇ってきた。
(現世では五十年の遠回りをしたけれど……今世はね、生まれたその瞬間から、1分1秒も残さず、僕はずっと美琴ちゃんの隣にいるからね)
(はい、千秋先生……っ。生まれ変わっても、また私を笑顔にしてくださいね……っ)
生まれつき涙もろい私は、心の中であの大好きな先生の優しい声を聞いただけで、胸がいっぱいになって目からポロポロと大粒の涙を流してしまった。
赤ちゃん言葉で言えば「ふえぇぇん」という可愛い泣き声が、部屋の中に響き渡る。
すると、部屋のドアがバタン! と勢いよく開き、慌てふためいた大人の足音が駆け込んできた。
「大変だ! みことちゃんが泣いちゃった! よしよし、陽太パパが今、美味しいミルクを持ってきたからねぇ〜〜!」
大きなエプロンを胸に当てて、両手に哺乳瓶を抱えて入ってきたのは、かつて私が命がけで産み落とし、立派な若き医師に成長した、私たちの息子の陽太だった。
今の陽太は、素敵な奥さんと結婚して一男一女の双子を授かった、立派な『お父さん(パパ)』になっていた。
そして、その双子の正体こそが、目の前で手を繋いでいる私たち二人なのだ。
「ほらほら、まずは泣いていないお兄ちゃんからね〜。あー、本当にちっちゃくて可愛いなぁ。パパはね、街の立派なお医者さんだからね、二人を世界一元気に、健康に育ててあげるからね〜」
陽太パパは、完全に赤ちゃんをあやすためのデレデレな笑顔(パパの顔)になりながら、千秋先生(男の子の赤ちゃん)の口に哺乳瓶のゴムをあてた。
千秋先生は、されるがままにコクコクとミルクを飲みながら、心の中でクスッと笑っていた。
(よくやったぞ、陽太先生。哺乳瓶の角度も、抱きしめる手の優しさも、父親として満点だ。……でもね、陽太パパ。ちょっとお湯の温度が熱いな。小児科医としては、もう少し人肌に冷ましてほしいところだよ)
中身が六十七歳のベテラン医師である千秋先生は、自分の息子に赤ちゃん言葉で育てられながらも、完全に「上司の目線」で陽太の成長を優しく見守っていた。
「よし、お兄ちゃんは大人しく飲んでくれて偉いぞ。次は、涙もろい妹のみことちゃんだね〜。よしよし、お目目がくりくりでお母さんにそっくりだ。どうしてそんなに泣いちゃったのかな? オムツかな? 寂しかったのかな?」
陽太パパが、私をベッドからそっと両手で抱き上げて、胸の中に包み込んでくれた。
その、大きくて、少し不器用だけど、どこまでも優しい温かい腕。
「あぅ……あぅあぅ……っ」
かつて、私の腕の中で
「ママ、お腹痛いよ」
と泣いていたあの小さな陽太が、今度は私をこうして立派に抱きしめて、守るように育ててくれている。
その命のリレーの圧倒的な愛おしさに、私はまたしてもポロポロと大粒の嬉し涙を流して、陽太パパの胸に顔を埋めた。
「ええええっ!? また泣いちゃった! どうしよう、パパ、何か痛いことしちゃったかな!? 千秋先生(大病院の院長)なら、こういう時どうやって赤ちゃんを泣き止ませるんだろう……っ。お父さん、僕に赤ちゃんのカルテの読み方を教えてよ〜!」
頭を抱えて本気でうろたえる陽太パパの姿を見て、ベビーベッドの中でミルクを飲み終えた千秋先生が、(あはは、美琴ちゃんの涙もろい天然なところは、赤ちゃんになっても全然変わらないね。陽太パパ、頑張れ!)と、本当に楽しそうに心の中で大笑いしていた。
ざあっと、開いた窓の隙間から、心地よい秋の風が吹き込んできた。 並木道の赤いもみじの葉が揺れる向こう側。
あの銀髪の破天荒な神様が、ひょっこり顔を出して、
「おい、ちびっこたち。今世のベッドの寝心地はどうだ? パパになった陽太をあまり困らせてやるなよ」
と、お茶目にウィンクをして夜空へ消えていった。
五歳のあの夏の日、神様がくれた小さな処方箋。
それは、お互いの人生をしっかりと生き抜いた長い遠回りの果てに、今度は生まれた瞬間からずーっと一緒の、最高の双子のカルテへと繋がった。
私たちのこれからの新しい人生のページは、まだ白紙のまま。
でも、大好きな千秋先生と、そして一生懸命にパパをやってくれる陽太と一緒に、私たちは世界一温かい愛の言葉で、この新しい日常を埋め尽くしていくのだった。
(第25話・了。第26話へつづく)




