第4章。嵐の夜の包囲網と、命のカルテ。第23話。大調印式と、暴かれる黒いカルテ。
50年目の恋文 〜神様の決めた許嫁と歩む、半世紀のカルテ
〜第4章。嵐の夜の包囲網と、命のカルテ~
第23話。大調印式の乱入と、暴かれる黒いカルテ
街の一番大きなドームホール。
その中央にあるきらびやかなステージの上で、医療財団を裏から乗っ取った冷酷な投資家たち――黒幕による『大合併の調印式』の記者会見が、今まさに始まろうとしていた。
会場には何百人もの記者たちが詰めかけ、無数のフラッシュがパチパチと焚かれている。
テレビの生中継カメラも何台も並び、日本中がこの街の医療の行く末に注目していた。
「――それでは、これより新しい巨大医療グループの合併契約を締結いたします」
司会者の澄んだ声が響き、黒い高級スーツを着た黒幕の男が、不気味ににやりと笑って契約書に万年筆のペン先を落とそうとした、その瞬間だった。
「――待ちなさい! その契約書に、判を押すことは許さない!」
ホールの巨大な扉がバサァン! と大きな音を立てて両開きに押し開かれた。
会場中の記者たちが一斉に振り返り、無数のカメラがその入り口へと向けられる。
そこに立っていたのは、上品な白髪の混じった髪を揺らし、知的な瞳を真っ直ぐに光らせる千秋先生。
そして、緑色の手術着を凛々しく纏った息子の陽太。
さらに、その背後には、かつての冷酷さを捨てて本当の医師の顔を取り戻した、あの叔父さんの姿があった。
おっとり天然で涙もろい私も、千秋先生の隣にしっかりと立っていた。
胸にはあの五十年前の神様の予言カルテをぎゅっと抱きしめ、私の右手の薬指の水晶の指輪は、まるで私たちの覚悟に応えるように、眩いほどの黄金色の光をパチパチと放っていた。
「な、なんだ君たちは! 警備員、その不審者たちを今すぐつまみ出せ!」
ステージの上の黒幕が、焦った声を上げて叫んだ。
けれど、ホールの外から入ってきたのは警備員ではなかった。
結衣さんをはじめとする、千秋先生に命を救われてきた何百人もの街のお母さんやお父さん、子供たちが、「千秋診療所を守れ!」「お金のための医療なんか要らない!」と熱いプラカードを掲げて、記者席を取り囲むように次々とホールへ入ってきたのだ。
「おい、千秋! 君の解任手続きはすでに終わっているはずだぞ!」
黒幕の男が壇上で顔を真っ赤にして怒鳴る。
「私の解任手続きなど、法的に一切無効だ」
叔父さんが一歩前に出て、手に持っていたデータドライブを、会場の巨大スクリーンに接続した。
「私は財団の元最高責任者として、ここにいる投資家たちが裏で行ってきた、すべての不正な資金洗浄と、この街の医療を私物化して売り払おうとしていた裏帳簿のデータを、今この場で世間にすべて公表する!」
ピッとボタンが押された瞬間、ホールの巨大な壁面スクリーンに、黒幕たちの汚い犯罪の証拠がズラリと映し出された。
生中継のテレビカメラを通じて、その不正は一瞬にして日本中のお茶の間へと大拡散されていく。
「な、ナニクソッ……! こんなデタラメなデータ、証拠になるか!」
黒幕が机を叩いて立ち上がる。
「いいえ、これが本当の証拠です!」
私は一歩前に踏み出すと、胸に抱いていたあの古い、神様の銀色のインクで書かれたカルテを、カメラの前に真っ直ぐに掲げた。
「これは、五十年前……あなたがこの街の医療を騙し取ろうと企む遥か昔から、神様が書き遺していた予言のカルテです! あなたたちがどんなに汚い嘘で私たちの診療所を汚そうとしても、神様はすべてお見通しだったんです!」
私の薬指の水晶の指輪が、カッと眩い白い光を放ち、ホール全体を神聖な空気で包み込んだ。
生まれつき涙もろい私は、悔しさと、命を守りたい一心の熱い想いで、目からポロポロと大粒の涙を流しながら叫んだ。
「医療はお金儲けの道具じゃない……っ! どんな真っ暗闇の中でも、子供たちの命を、お母さんたちの笑顔を、思いやりの心で救うことそのものなんです! 千秋先生の『医は仁術』のカルテは、絶対にあなたたちなんかに渡さない……っ!」
私の涙ながらの訴えに、会場の記者たちが一斉にハッと息を呑み、ノートを走らせる手が止まった。
生中継を見ている視聴者たちの胸にも、私の本物の優しい涙が真っ直ぐに突き刺さっていた。
「その通りだ!」
陽太が白衣を翻して叫んだ。
「僕は新米医師だけど、台風の夜、電気もない暗闇の中で、千秋先生とお母さんと一緒に、ひとつの新しい命をこの手で救いました! 機械の数字しか見ないあなたたちに、僕たちの本物の医療の絆は絶対に引き裂けない!」
「叔父さん、投資家諸君」
千秋先生が、ゆっくりとステージの階段を上り、黒幕の男の前に立った。
その瞳には、数万人の子供たちを救ってきた偉大な医師としての、圧倒的な威厳が満ちていた。
「君たちの負けだよ。僕たちが紡いできた半世紀のカルテは、ネットの文字やお金の数字なんかよりも、ずっと、ずっと強いんだ。さあ、その汚れた万年筆を置きなさい」
会場中の記者たちから、一斉に割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。
テレビカメラの前で完全に悪事を暴かれた黒幕の男は、ガタガタと震えながらその場にへなへなと崩れ落ち、持っていたペンを床へと落とした。
パチン、
と心地よい鈴の音が、ホールの天井から響いた。
見上げると、キャットウォークの鉄骨の上に、あの銀髪の神様がひょっこり腰掛けて、お茶目な笑顔でウィンクをしてみせ、白い羽を大きく羽ばたかせて、青い空の向こうへと消えていった。
巨悪の包囲網を、愛と命の力で完全に打ち破った私たち。
神様が五十年前から仕組んでいた『運命の処方箋』は、まさにこの大舞台での、私たちの最高の勝利のことだったのだ。
――こうして、診療所の閉鎖危機は完全に免れ、街の医療の未来は守られた。
すべてが解決し、最高の幸せに包まれた私たちの前に、あの破天荒な神様が、今度は本当に私たちの度肝を抜く『最後の特大のいたずら』を仕掛けてくることになる。
この数年後、私たち二人が、息子の陽太の子供として新しく生まれ変わるという、時空を越えたウルトラハッピーエンドの足音が、すぐそこまで迫っていたのだった。
(第23話・了。第24話【最終回・神様の最高のいたずらと、生まれ変わり編】へつづく)




