第4章。嵐の夜の包囲網と、命のカルテ。第21話。秘密の作戦会議と、神様のおねだり。
50年目の恋文 〜神様の決めた許嫁と歩む、半世紀のカルテ
〜第4章。嵐の夜の包囲網と、命のカルテ~
第21話。秘密の作戦会議と、神様のおねだり
医療財団を裏から牛耳る、冷酷な黒幕たちの不気味な電話。
そして、再び赤黒い雷雲へと変化した不穏な空。
お産の感動が冷めやらぬ診療所の中に、もう一度、ピリピリとした緊迫感が張り詰めていた。
私の薬指の水晶の指輪は、これから始まる激しい試練を予感させるように、じんわりと紅い光を放ち続けている。
「……千秋くん、本当にすまない。私の力不足だ。裏の投資家たちは、この街の土地だけでなく、子供たちの医療の利権すべてを数字に変えて、売り払うつもりのようだ……」
さっきまで冷酷だった叔父さんは、すっかり「一人の不器用なおじさん」に戻って、パイプ椅子に小さく座りながら、何度も深々と頭を下げていた。
他人の痛みに敏感で涙もろい美琴は、そんな叔父さんの姿を見ただけで、またしてもポロポロと目頭を熱くして涙をこぼしてしまう。
「叔父さん、もう謝らないでください。あなたが若い頃の『医は仁術』の心を思い出してくれただけで、私たちは、とっても嬉しいんです……っ」
「美琴さん……。君はなんて優しい人なんだ。千秋くんがすべてを投げ打ってでも君を選んだ理由が、今なら本当によく分かるよ」
叔父さんは私の天然な涙に驚きつつも、本当に救われたように目元を緩めた。
「叔父さん、落ち込んでいる暇はないよ。財団の内部データを一番知っているのはあなただ」
千秋先生が、いつもの知的な、でもどこか悪戯っぽい笑顔を浮かべて叔父さんの肩をぽんぽんと叩いた。
「僕たち親子三人と、改心した元最高責任者のあなた。そして……」
千秋先生が視線を向けたのは、診察室の丸椅子のトレイの上だった。
「おいおい、私を忘れてもらっては困るな。神である私が直感で繋いだ運命のカルテを、ただの金儲けの人間に汚されてたまるか」
そこには、いつの間にか診療所の救急箱の上に乗っかって、受付にあった私のお手製のおにぎりをモグモグと美味しそうに盗み食いしている、あの銀髪の神様の姿があった。
「わああっ!? 神様、それ陽太の夜食のおにぎりです……っ!」
私があわあわと声を上げると、神様は
「ちもちも(もぐもぐ)」
と口を動かしながら不敵に笑った。
「神への供物だ。……ほれ、ちびっこたち。あの黒幕の奴らはな、来週、この街の全ての病院を合併して私物化するための、大々的な『調印式(記者会見)』を開くつもりだぞ。そこが奴らの悪意が一番高まる場所だ」
「記者会見……?」
白衣を着た息子の陽太が、拳を握りしめながら身を乗り出した。
「じゃあ、その記者会見の場に乗り込んで、あの『五十年前の神様の予言カルテ』と、おじさんの持っている財団の裏の不正データを、世間の目の前で全部ぶちまけてやればいいんだ!」
「あはは、陽太先生、言うようになったね。さすが僕たちの息子だ、過激で素晴らしい」
千秋先生はお腹を抱えて笑いながら、白衣のポケットから手品用のトランプを取り出してパタパタと扇いだ。
「医療を数字でしか見ない奴らには、数字の裏にある『本物の命の重み』を突きつけてやろう。叔父さん、財団の裏帳簿のコピーは手に入るかい?」
「あ、ああ、私のプライベートPCにすべてバックアップがある。あいつらの不正な資金の流れは、私がすべて暴いてみせよう」
叔父さんの瞳に、かつて理想の医療を志していた頃の、熱い医師としての誇りの炎が蘇っていた。
こうして、小さな地域診療所の診察室で、神様とおじいちゃん医師、天然の助産師の卵、新米ドクター、そして涙を流した元財団のトップという、あまりにも奇妙で温かい『秘密の作戦会議』が始まった。
神様は最後のおにぎりをペロリと平らげると、満足そうに指をパチンと鳴らした。
「よし、お前たちの人間としての高潔なカルテ、神である私が最後まで見届けてやろう。調印式の日、私の水晶の光が、奴らの真っ黒な悪意をすべて白日の下に晒してやるからな。がんばれよ、ちびっこ助産師、そして優しいお医者さんたち」
神様が白い羽を揺らして窓から青い空の向こうへ消えていくと同時に、診療所の中に、温かい朝日の光が優しく差し込んできた。
難しい教科書の勉強なんて、やっぱり私にはまだ全然分からない。
けれど、この大好きな家族と、味方になってくれた叔父さん、そしてお茶目な神様がいれば、私たちはどんな巨悪の壁だって乗り越えられる。
この街の子供たちの未来と、新しく産まれた結衣さんの赤ちゃんの笑顔を守るために。
来週の調印式という名の決戦の舞台へ向けて、私たちの命を懸けた本当のカルテが、激しく、そして力強く動き出そうとしていた。(第21話・了。第22話へとつづく)




