第7話 全身から好きが漏れている
配信開始から十分。
一曲目を歌い終え、コメント欄は相変わらず高速で流れていた。
「はいっ!ということで!」
いろはさんがぱんっと手を叩く。
「今日は恋愛ソング歌枠ということで!」
「通例通り恋バナもしちゃおうかなと思いまーす!」
『きたああああ!!』
『恋バナ!?』
『鳴くんの恋バナレアじゃない!?』
「怖い!圧怖い!」
鳴くんが大袈裟に悲鳴を上げる。
「え、いろはさんの枠っていつもこんな感じなんですか?」
「そうだよー!」
「恋愛ソング歌うんだから、恋愛の話もしないともったいないじゃん?」
「やば……普段あんまそんな話しないから」
「安心して!炎上するようなことはちょっとしか聞かないから!」
「ちょっとて……事務所ー!ちょっとー!守ってよー!」
初めてのコラボとは思えない距離感。
もちろん、裏では何度も顔を合わせているからだ。
元々社内で会ったら軽口を交わすくらいの仲ではある。
『草』
『いろはのセクハラ始まったww』
『今日も絶好調』
コメント欄が笑いで埋まる。
「じゃあ最初!」
いろはさんが身を乗り出した。
「鳴くんってさ、恋したことある?」
「……え?」
鳴くんが2Dモデルで一瞬だけ目を丸くする。
すぐに困ったように笑った。
「そりゃ俺も男なんで、それくらいありますよ~」
「いろはさん、ちょっと俺のことバカにしてません?」
「あはは!」
小悪魔的ルックスのいろはと少年と見紛うルックスの鳴くん。
自身が担当するふたりがこうして並ぶのは、中々に新鮮な光景だ。
「違う違う!」
「なんか、鳴くんって"みんなのアイドル"って感じじゃん?」
「あとはゲーム中クソガキムーブばっかしてるし」
「いや、最後!おい!ちゃんとバカにしてるじゃないですか!」
声の相性も悪くない。
今回の歌枠の評判が良ければ、歌みたの収録をするつもりだ。
『クソガキwww』
『否定できないw』
『怒ってる鳴くんかわいい』
「あー怒ってる怒ってる!」
コメント欄を覗き込んで、いろはさんが笑う。
「ほら見て!"かわいい"しか流れてない!」
「……」
「俺、何言っても可愛いになるやつだ。」
拗ねたような声には、不服そうな色が乗る。
『正解』
『諦めろ』
『かわいい』
よかった。
鳴くんが女子と絡むとのコメ欄に相手へのアンチが湧くこともあるけれど、いろはさんは女性リスナーも多く、問題なく受け入れられているようだった。
「じゃあ次!」
「ちなみに、好みのタイプは?」
「あー……」
鳴くんは少しだけ考えて。
「特にないですね」
「おっ?」
「好きになった人が好きなんで。好きになっちゃえば、全部素敵に見えると思います」
「えっ、そうなんだ!?」
いろはさんが目を丸くする。
それからキャッと頬を赤らめる演出が本当に自然に、フィットしているというか。
まったくわざとらしくなかった。
「じゃあ結構、溺愛系?」
「溺愛……」
少しだけ照れたように笑う。
「まあ、そうかも」
「恋愛経験はそんな豊富じゃないですけど、好きな人には何でもしてあげたいですね。」
「甘やかしたいし」
「できることなら全部してあげたい」
『全俺が泣いた!!!!』
『最高です』
『メロすぎない!?』
「みんな聞いたー?」
いろはさんがカメラへ向かって叫ぶ。
「鳴狂いたちー!」
軽快な笑い声は決してつくられたものではなく、本人のキャラクターそのままなのだ。
「覚えるくらい愛してくれるってよー!」
「ははは!」
鳴くんもつられて笑う。
「俺の愛に溺れてくれる?」
故意に出された甘い声に、
『溺れます』
『溺死不可避』
『助けて』
コメント欄が歓喜で埋め尽くされる。
掴みは完璧だった。
恋愛観を語っているのに。
ガチ恋を切るどころか、むしろ夢を見させる返し。
鳴くんらしい。
心配の必要などなく、新規を取り込んで古参ファンも沼らせる抜け目ない対応。
「なんかさー」
いろはさんが頬杖をつく。
「鳴くんって年上好きそうなイメージある」
「あー」
鳴くんが頷く。
「年齢はあんまり関係ないですね」
「好きになった人が好きなんで、十歳上でも全然いいですし」
「……十歳下でも」
一瞬、コメント欄が止まり。
次の瞬間、爆発した。
『待てwwww』
『12歳wwww』
『アウトアウトwww』
「ちょっと!」
いろはさんが机を叩く台パンの音が響く。
「犯罪やそれは!」
「あっ」
画面上で鳴くんが慌てふためく。
「違う違う!やばい!」
「成人してれば!」
「そこだけ切り抜かないでください!通報される!」
『遅いwww』
『切り抜き決定』
『鳴くん終了のお知らせ』
「俺二十二なんですよ!」
「ちゃんと加齢するので!今後10歳下行けるようになる可能性があるけど!」
「あれ、いろはさんは?」
「はあ?私は永遠の十七歳です。」
「ん?」
鳴くんが真顔になる。
「じゃあ俺の方が年上じゃないですか。」
「ちゃんと敬ってください。」
一瞬の静寂。
そして、
「はあぁ!?」
いろはさんがネタでぶち切れる。
『反撃に出たなwwww』
『クソガキwww』
『言ったwwその通りでしたwww』
大笑いするコメント欄。
「誰の枠だと思ってるの!」
「事務所の怖い先輩ですよ!」
「あ、やっば」
鳴くんも笑う。
「こんな生意気言っちゃったら干されるかも!」
「こらー!いろはがパワハラしてるみたいじゃん!いろはがするのはセクハラだけだよー!」
「やっば!訴えよう!みんなが証人だからね!?いざとなったら頼んだよみんな!」
画面越しでも分かるくらい、二人とも楽しそうだった。
ひとしきり盛り上がった後に、いろはさんがニヤリと笑う。
「で?」
「駆け引きとかできるタイプ?」
「あー」
少しだけ考えてから、鳴くんは苦笑した。
「無理ですね」
「へぇー?」
「俺単純だから」
「好きになったら全部顔に出ます」
『解釈が一致過ぎる』
『想像できる』
『絶対そう』
「駆け引きとか無理で。多分、全身から好きが漏れてるタイプです」
「うわぁ」
ちょっと引いた声の鳴くんと相反して、いろはさんは爆笑している。
「君かわいすぎないか!?コメ欄荒れ狂ってるよ!」
『ありがとういろは。これで向こう1か月生きていける』
『もう好き』
『鳴狂い無事死亡』
いろはさんの指摘通り、コメント欄は相変わらずお祭り状態だった。
「でもさっきも溺愛って言ってたもんね。ファン歓喜じゃない?」
クスクス笑いながら
「あ」
いろはさんがコメントを拾う。
「『いろはさんはどうなんですか?』だって」
悪戯っぽく笑って。
「私はどうですか~?」
そう言って、ウインクしてみせる。
コメント欄が一気に盛り上がる。
『きたwww』
『いろはちゃんかわいい』
『誘惑してる』
『鳴くん試されてる』
「……」
鳴くんは数秒考えて。
そして。
「俺、いろはさんは無理です」
一瞬。
本当に一瞬だけ、配信が止まったような空気になった。
『!?!?!?』
『ええええええ』
『即答www』
『フッたwww』
「はああぁ!?」
いろはさんが大袈裟にぶち切れボイスを披露するして、
「なんだとクソガキ!」
きっちりキレ芸をするから、余計にコメントは盛り上がった。
ナイス、切り抜かれるわここ。そう思ってサムズアップすると、ガラス越しに同じジェスチャーが返ってくる。
「私超先輩な!?」
「いや」
鳴くんは慌てる様子もなく笑う。
「だっていろはさん肌の露出多いじゃないですか」
「……え?」
「俺、嫌ですもん。好きな人を他の男に見せるの」
さらっと放つ一言に、
『重っ!!』
『激重彼氏じゃん』
『束縛タイプ!?』
「えぇっ!」
いろはさんが上げた声は素だった気がする。
「いやいや、ファッションに口出しはいただけないよー!束縛だって!」
「嫌なものは嫌です。何なら閉じ込めておきたいくらいですよ」
鳴くんはあっさりと言う。
『ガチだ』
『キャラ崩壊してない!?ファンは解釈合ってるの!?』
『ヤンデレ鳴くんは助かるが過ぎるだろ!?』
コメント欄は錯乱に近い盛り上がりを見せている。
正直、こんな展開を予定していたわけではないんだけど、結果オーライ。
しばらく鳴くんのファン以外の界隈でも盛り上がってくれそうな勢いがあった。
「へぇ~」
スタジオ内でいろはさんが頬杖をついて。
「なんか意外」
ぽつりと呟いた彼女が、なぜかガラス越しに私を見る。
「……!」
目線があって、意味深に微笑むと、
「鳴くんめっちゃ重いじゃん」
まるで、私に言われているような気持になる。
「あー……」
鳴くんは画面上で、少しだけ照れたように、困った声で笑った。
「そうかも。たぶん俺、重いです」
言いにくそうに言ったのが、よりリアリティを持って聴こえる。
「意外かもですけど」
言ったことを後悔しているような声色だったのだ。
「だからいろはさんみたいに、誰でもドキッとさせちゃう人は……ちょっと」
「んー!」
いろはさんが腕を組んで唸る。
配信上ではムッとした表情だけが写った
「なんかフラれた気もするけど!」
実写でもモデルでも可愛すぎる。
「可愛い一面引き出せたから良し!」
『草』
『激重鳴くんかわいい』
『最高のコンビ』
「じゃあ」
いろはさんが笑顔でカメラを見る。
「そんな激重男子に歌ってもらいましょう」
「言い方!」
鳴くんが笑いながらツッコむ。
「聴いてください」
少しだけ真面目な表情になって。
「――『ずっといっしょ』」
イントロが静かに流れ始める。
私は、思わずモニターへ視線を向けた。
──『好きな人を他の男に見せたくない。』
その言葉に、不意に思い出してしまった。
二年前の夏。
ノースリーブで事務所へ来た私へ、無言でジャケットを羽織らせてきた鳴くん。
『寒くないよ』
そう言っても、最後まで聞き入れてくれなかった。
……まさか、そんなわけない。
あれはきっと。
年上を心配する弟みたいなものだった。
そう。
きっと、それだけ。
なのに、歌い始めた鳴くんの2Dの無機質な視線から、どうしても目を逸らせなかった。




