殺人
15時現在の部屋の中にジャンプイン! 意図せずとも無事に、“現在”に帰って来れたのだった。
俺は煮えかえる腹をどうすることもできず、外に出ようとした。そのまま直、隣のドアを叩く所存である!
だがここで、俺の自慢の相棒が、再びスーパープレイを見せたのだ。
「まって! なんかおかしいよ?!」
「――なにが?」
「この部屋、人がいない」
「それがどうしたッ!?」
「田中氏は、いつまで買い物してんのさ?」
「――」
虚を突かれた。バケツの氷水を浴びせられるというか、おかげで、一気に冷静さを取り戻せたのだった。
そうである。
ここに最初に来たのは11時30分。その時点ですでに、田中氏はいなかった。いくら何でも、留守にしすぎだ。と――
隣から、ボロ壁を通して、鼾が、耳に聞こえたのである――!
俺は、なぜか、ゾッと、毛が逆立った。その鼾は、最初に来た時から聞こえていたもので、つまり、それが今も続いている、ということなのだ!
いや、そんなことよりも――
「この鼾声、聞き覚えがある。“昨夜の時点”でだ……」これだった。
「まさか、田中氏……?」確かめるような犬の声音。
「そう」俺は答える。結論する。「やはり、隣に突撃しないとならんみたいだな」
ここに至って、相棒はゴーサインを出してくれたのだった。
「冷静にね」
安心させるように答える。
「俺はいつでもクールだぜ」「どうだか!」ツッコミはや!
キリッとした。
「ドール、お前は少し離れていろ。俺がまず様子をみる」
「ほう?」
「思い出せ。田中氏のマジカルアイテム、“香箱”の存在だ。ここにない。ということは、あちらにあるはずだ。異常な睡眠を説明するモノかもしれないし、だとすれば部屋にまだガスがこもっている可能性がある。今のお前にゃ危険だ」
「――ワンワン。さすがリーダー。任せるよ」
と言うわけで、外に出て。
隣、マンションの一番端の、部屋のドアの前に立つ。
佐藤氏。
儀礼として、形だけでも呼び鈴を押した。応答なし。よし。
ドアノブに手をかけた。するりと回った。鍵がかかっていない。
不吉な予感を覚える。そのまま、ドアを大きく開いた。少し後ずさる。まずは、換気だ。
一分ほど待った。
侵入した。
「う……!!!」鼻と口を押える。
中は、凄惨だった。
顔に覚えのない、20代と思われる男女が、血だらけになっていた。死んでいる。二人とも手に包丁を握っている。
そばに、田中氏。横倒れになっていて、手の先に香箱が転がっている。匂いは感じなかった。(いや、血の匂いの方がすごかったのであるが。)
そして、壁際に、小さい女の子。これが、サチちゃん。佐藤サチイお嬢ちゃんだと知れて――恐る恐る近寄ると、寝息を立てていてくれて――
生きている。生きていてくれている。俺は全力で胸をなでおろしたのだった。
「――!」
そう。
詳しくは――覚醒した後に、田中氏本人に聞かないとわからないことだ。
事情があって田中氏は隣部屋、つまりここに訪問して、佐藤夫妻と会談をとったのだろう。
話がこじれたか何かして、田中氏はドラッグの魔力を借りた催眠術を発揮し、夫妻を殺し合わせた。
そのさい、誤って自分も大量に吸ってしまい、昏睡状態に陥った。
そんなところだろうと思われた。
部屋の窓を開けて、空気の通りをよくした。
「入っていいか?」外からの声。
「その位置からでも分かるだろう。中は、ひどいぞ……」
「実は、お客さんなんだ。レミちゃんと、もう一人」
なんだそれ!? と言いかけて。「――レミちゃんはドールと一緒に外で待機だ」
「ワンワンだ……」
間をおいて、一人の男性が、入って来る。
「はじめまして。“佐藤”と申します」とその男、今そこで死んでいる男が挨拶したのだった。




