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 近くから(いびき)と、遠くから何か、責め立てるような声が聞こえた。

 俺は慎重に襖を細く開いた。

 畳の間。豆電球の茶色い光の中、布団が敷かれ、そこに、大男――田中氏が眠りこけている。そして薄い壁の前に、我らがレミちゃんがちょこなんと座っていて、祈るように両手を組んで、聞き耳を立てていたのだった。

 責め立てるような声は、その薄壁の向こうから、隣室から聞こえてきている。


『パパ、ママ、ごめんなさい! ごめんなさい! サチちゃんは、ごめんなさいサチイは、ねむいといいません! 痛いといいません! おなかがすいたといいません! だからゆるしてください! おねがいします! おねがいします――!』


 レミイが田中を揺り起こす。(今の彼女の信じうる最善手!)

「たなか、たなか――!」

 数回、揺さぶられて、ようよう覚醒する大男。「――なんだよ、レミ」

「たなか、となりの、サチちゃん、たすけてあげて――」

 田中はおもむろに耳を澄ます。やがて、鼻をスンと鳴らした。


「レミイお嬢様……」

「なに?」

 その鼻先に何か、香箱のようなものを差し出し、強制的に匂いを嗅がす。レミイはたちまちのうちに昏睡に陥った。

 目の前に無防備に横たわる6歳の令嬢。

 田中の目に、昏い光が灯った。

 ふいに。田中はタンスから“大人のオモチャ”の一つを手に取ると、それでレミイの体を擦り始めたのである――!


『ごめんなさい! ごめんなさい! サチイ、ゆるして! 痛い! いたい! いたくありません! ごめんなさい! パパ、ママ! わたし、わたし、わたし――泣かないから! 泣かないから!』


 どいつも、コイツも!


 片足を上げる。俺は――!


 ドールが必死のささやき声!「やめて! 過去に激しく干渉すると、そこを現在として時間軸が分離し異群化する!“喰われたら”、戻って来れなくなる!」


 かまうもんか!


 足を下ろし、ふすまを手でバシッとスライドさせる。それが最後の理性だった。俺は部屋の中に躍り出た――!


「何やってんだクソ親が! それでもまともな親のつもりか? あぁ? いいか、おい? ()()()()()だろうがっ! えぇ? それわかんねぇんなら、いいから子供俺に寄越せや。少なくともてめえらよっか幸せに育ててやるわい! このバカものどもが!!!」


 隣が静まりかえった。だがやがて――


『田中さん。余計なお世話です。これはしつけというものです。迷惑だから引っ込んでてください――』壁越しの声。


 俺はどす黒くなった。薄壁のボロ壁を蹴破ろうと足を上げて――


「もう見てらんないぞ――!」ドール!


「何なんだお前は――!?!」驚愕の田中氏。間髪を入れず――!


「我が名はドール。人類の友でありながら、しかして世界の半分を()べる存在である!」


「犬が――犬が――い、ぬ――……」意識を喪失してしまう。自らを催眠術師として高く評価していたのだろう、そのプライドを崩されたか――あるいは。もとからメンタルが弱い人だったのかもしれない。


 んなこたぁどうでもいい! 壁ッ――!

 ドールが叫んだ!「強制介入! 現在へ! ターン!!!」


 ドールと俺、二人がかき消えたのだった――

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