小便
本来ならここで作業は終わりだ。残すはゴールボタンの長押しのみ。ワープアウトして、そこで待ち構えている旦那夫妻にレミちゃんを渡せばミッション完了となる。
今回の場合は違う。
それを知らしめるべくレミちゃんが、最後の最後に、我儘を発揮したのだった。椅子にしがみついて必死の声を放つ。
「“サチちゃん”がしあわせになるまで、ここにいる!」
むろんである。俺を信じて、ここまで一生懸命、言うことに従ってくれたレミちゃんとの約束だ。こちらも誠実に応えねばなるまい。
念のために、(ゾーン内で)少し遠くの位置に、隠すように車を停車させる。そしてもちろん、レミちゃん本人に言い含めた。
「お約束を果たしてくる。だから、その間、車から出ないでね。絶対だよ」
「わかった。だいじょーぶだよ……」
活発な幼子が、このときばかりは神妙に頷いたのだった。
念のため車載コンピュータにも保護指示を出したところで、意外なところから声があがった。
「おしっこしたい」
ドールだった。
俺は一瞬理解が追いつかず、目をぱちくりさせたあと、ようやく。片手で顔を覆う。頷いたのだった。
そりゃ、そうだよな。動物だもん。しかも今、体躯は小さいし、ヒト型でもない。
当然、耳にしていた女の子――
「はいはーい! レミちゃんがさせてあげる!」
ここぞとばかりに手をあげる。顔を輝かせたレミちゃん、あっという間もなく、首輪のチェーンを握って、外に出たのだった。あらゆる意味で、俺はまた顔に片手をやるのだった。すぐに追いかけた――
野外。そこそこ人出のある街の中。
幼女にチェーンで引きずられた一糸まとわぬ気高いドールは、メス犬のように地面に四つん這いにされ。
カメラを回す俺にその尻を晒して。隠しようもなく、今、ちょろろろろ……と、我慢していた放尿をするのである。
いや本当のことだ。まったく文字通り、その通りなんだから仕方ないだろ。
俺は顔を赤らめながら声をかけた。
「ティッシュで拭こうか?」
対してドール、平然とした声で、
「いや必要ないよ。この体にもだいぶん慣れた。してみると、なかなか便利なものだね」
と、なにやら深いことを答えたのだった。
俺はどうしたものか、「そうか」と頷くのみだった。
「かい主は、お外にでるときは、ちゃんとリードをもってなきゃだめなんだよ」
得意げな顔で、レミちゃんは俺にチェーンをよこす。受け取り――
「そうか」と俺は頷くのみだった。
レミちゃん一人を留守番にして、今度こそ出発した。なお首輪はそのままである。はた目には、まったく愛犬との散歩の姿であるが、どうしても。四つん這いにさせた裸のドールを引きずっている姿を妄想させられてしまうのだった。
顔を赤らめる。
首を振る。集中する。
今、14時現在。気合を入れ直して声を上げた。
「ターンだ。行こう!」
「ターン!」
“17時”少し前へ。今からおよそ21時間前へ、ジャンプした。
俺達の前に“俺達”がいた。その俺たちはけっして振り返ることなく、田中氏の部屋の中に入っていく。俺らもピッタリとあとに続き、だから、俺がドアのロックを掛けたのだった。ノブ下のつまみをひねる。カチャン!
先陣の俺達が真っすぐに押し入れの中に入った。後ろ手でふすまが閉まる。ほどなく、くぐもった『ターン』という声が聞こえた。
存在感がなくなったのを感じてから、続いて俺ら二人が押し入れの中に入った。
「まず現在へ」
「ターン!」
14時30分現在。気分的に少し間を取ってから、
「そうだな、とりあえず、昨夜の23時に行ってみようか」
今からおよそ15時間30分前へ――
「ターン!」
ピュンッ。その押し入れの中に、ジャンプインしたのだ。




