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首輪プレイ

 11時30分現在。

 想像通りと言うべきか、薄給の運転手を自称する田中氏の居住はいかにもそれらしく、安っぽい賃貸マンションだった。2階、端から2番目。呼び鈴をプッシュする。応答がない。居るはずなんだけどな。俺は振り返る。下を向く。

「買い物に出てるのかもしれない。レミちゃんは留守番だろう」

 犬が答える。「いるんだったら、インターホンになぜ反応がないのだろう?」

「お嬢ちゃまだから、自分でどうすればいいのか分からない、とか?」

「道路に、高級車が路駐してたよね。あれ、間違いなく旦那のだと思う」

「つまり買い物に出てたとしても、近場だ。時間的余裕はもうないのかもしれない」

「押し入ろう」

 同意してノブを回す。ロックされてある。当たり前か。

 ふぅと息をつき、改めてドアを見やる。旧式の物理キーだった。運がいい。これが最新のデータ錠だったら、パムホの特製開錠アプリでも手間がかかるところだ。

 イメージした。鍵そのものが変化しては元も子もないから、だから“近隣の世界”だ。俺がこの部屋の住人になっているというイメージ。実感がない。“近隣”にはない、ということだ。次に、俺が鍵屋になっていて、ここの住民から合鍵製作を依頼された、というイメージ。実感がもっとなかった。当たり前か。苦笑する。次だ。この部屋の住人が、油断して鍵をかけないまま外出しているというイメージ。ビンゴだった。たくさんの“その世界”のドアが開く。うち一つの世界の、靴棚の上に、鍵が置きっぱなしになっていた。一時拝借。ワープ。次の瞬間、ぴゅんっ。“この俺”の手に、そのキーが握られていたのだった。

 都合よすぎかもしれんが、近隣ったって無限にあるから、つまり必ずそういう現実がある。いや、悩んだら負けだよ。そういうわけで、俺は当たり前のように開錠する。押し入った。いた――!

 キッズ用のハデハデな、しかしながら俺の生涯総収入よりも遙かに高そうな、上質な衣装を身に纏った、愛くるしい小さなレディが、シュールなことに日に焼けた8畳間に、ちょこなんと座っていたのだった。俺はとびきりの笑顔を作った。

「こんにちは、レミちゃん」

「こんにちは、しらないお兄ちゃん」

「いっしょに、パパとママのところに帰りましょう」

「だめなの」

「なぜ?」

マスター(たなか)から、“外からきた、しらない人”の言うことは、きいちゃだめだと、いいつけられているの」

「でも、もう俺の、この顔は、知ってくれたよね?」指先を自分に向ける。

「うん。やさしそうなお兄ちゃん。けど、外からのひと」

「了解」

 俺は相棒に顔を向ける。

「退散しよう」

 金毛の気高いワンコはすぐに答える。

了解(ワンワン)。なるほど催眠術だ。無理強いはしない方がいいね」

「うふッ……」

 期待を胸にちらりと見やると、さすがのレディも、犬が口をきいたことに目を丸くさせてくれていたのだった。「あの、あの、それ、あ――」

 ショックで催眠が破れかけている。それに手応えを感じると、後は()()()()()()()に背を見せた。

「レミちゃん、さよなら。お兄ちゃんは外に出るよ」

「あっ、あの、あっ――」

 俺はドアを閉めて、外から鍵をかけたのだった。カチャン!


「えらいボロ壁だったな。隣室の住人の(いびき)が聞こえたぞ」

「それより、部屋から薬品臭がした」ドールが報告する。「催眠術を掛けやすくする、何か強力なドラッグを使ってるようだ」

「そりゃいい。悪さしたことの、なによりの物的証拠になる。いい鼻だな」

「ワンワン」

 うん、と一つ頷いた。

「さて、昨日の“17時”にターンだ。頼むぜ相棒!」


 取り込み中なので手短に説明する。

 群間戦争によってドールはタユウと融合してしまったのだが、そのタユウは、“24時間過去の群世界人”だったのだ。そのため、最大24時間以内限定で、過去へタイムトラベルができるのだった。説明終わり。


 ワンコは首をかしげた。

「どういうこと?」

「二人が来る前に侵入したいんだ」

「なるほどワンワン」

「ターン」

「ターン!」

 ピュンッ。俺たちは18時間30分前に飛ぶ(ジャンプ)。そして、まだ無人の部屋に押し入った。

 後ろを振り返らず、わき目もふらない。ノブ下のつまみをひねり、ロックをかける音。カチャン!

 そうそう、そうしないと、これから帰ってくる部屋主殿に、不審がられるからな!


 押し入れの中に二人して隠れる。

「現在へ」

「ターン!」

 12時現在。

「演出のため、少し戻ろう。()()()()()()()

「ターン!」

 11時40分。

 これで、準備は整った。

 そうそう、キーは、とっくに元の世界に返却したよ。当たり前だろ? そっちの田中氏が困るからな!

 俺の声が聞こえてくる。

『レミちゃん、さよなら。お兄ちゃんは外に出るよ』

『あっ、あの、あっ――』

 そして頃合いをみて、押し入れの中から部屋の中に出たのだった。あはは、レディ、びっくり顔だ。

「ヤホー、レミちゃん。俺たち、“部屋の中から来た、知ってる人”だよ」

 女の子の顔が、パァッと明るくなった。そう、子供は須らくこうでなきゃ嘘というものだ。

「パパとママのところに帰りましょうね」

「あのね、ワンちゃんとおともだちになっていい?」

「もちろん」「ワンワン!」

 するともう、否応もなかった。トテトテとタンスに走ると、一番下の引き出しから極細チェーン付きの赤皮の首輪を手にしてきて、面食らって放心状態のドール犬の首にかぽっと、嵌めてしまったのだ。

 何でそんなものがあるんだって……次の瞬間には自答できている。田中氏の、“紳士の趣味”というものなのだろう。

 俺は引導を渡す。

「子供の精神衛生的に、それは犬の首輪、で押し通すしかない」

「しかたないけど、憶えてろ」「なんで俺?」 

「ワンちゃん、おなまえは?」

「ドール。世界の半分を支配する者である。わんわん」

「うふッ」

 さすが我が優秀な助手、よい反応だった! レミちゃん、ウケている。

「さぁ、出ようか」

 オレ達三人はドアを開いた。出て、閉じた。ロックは掛けない。掛けようがない。でも、もうどうでもいいことだった。


 レミちゃんが一度、隣、端から1番目の部屋のドアに目を向けた。そして、悲しそうに、涙を流したのだった。

「薄壁だったの……」

 俺は見下ろすように目線を落とし、意識を広く、希薄にさせた。

 田中氏の隣、“佐藤”さんの部屋――

 うん、と一つ頷いた。

「――あとでちゃんとお話を聞くよ。約束する。でも今は、お兄ちゃんの言うこときいてね」

「ハイ!」

 俺は勇気づけるように優しく抱き上げたのだった。

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