4.6 龍の回想 薬師との出会い 《2》
ベデルッテ国の王から龍王ウェズに面会を望む書簡であるそれは、4大長の手により破棄されていたはずだった。
龍王の負担を和らげるため対他種族との平和的交渉は長達が請け負っている。
そして長達は欲深い人間とは表向き一切関わりを持たないことに決め、面会の要請を受け入れなかったのだ。
龍王には長達から軽い報告のみが伝えられたのだが、この措置に対して言を得たことは無かった。
長達の決定は龍王の意に反していたのかと動揺しているラインを見て、ウェズは苦笑した。
「ああ、お前達がこれを却下したことに異論はない。ただ、ベデルッテというのが気になって残しておいたんだ。」
「ベデルッテに気になることなんてあったか……?」
人間の国の一つのことなど詳しく知らないという顔をしたラインに、ウェズは頷いて見せた。
「ほとんどの者は知らない話だ。私もある老龍に聞いたにすぎない。
………その龍が言うにはな、この国の王族は、古より、龍の血をひいているということらしい。」
ラインは一瞬目を見開いたものの、すぐに嫌そうに顔をしかめて舌打ちをした。
「勝手なことを。馬鹿な人間が龍の権威を借りようとした作り話だろ。
人型をとれるとはいえ、人と龍は別モンだ。浅い感情しか抱かない人間が龍の人型に惹かれることはあっても、その逆はありえん。そんなこと、その龍も龍王もわかっていることだろう。」
「ああ、私も最初はそう思った。
だがこの話は民衆には伝わっておらず、王家の直系にあたるものだけに伝わる伝承だというのだ。
しかも、その証として王家の直系の者にはある印が現れるらしい。」
ウェズは右手で左胸を指さした。
それを見てラインは、少し真剣な光を宿した目を細める。
「……命の欠片か。」
「そうだ。その龍は、王族の胸に花びらのような痣が浮かび上がっているのを見たと言うんだ。」
ウェズは口の中から自分の命の欠片を取りだし、眺めた。
脈筋と縁は金色で、黒く光沢を放つ宝玉にも見えるもの。
龍族以外は知らないはずの、命の欠片という存在。
それは龍の雄だけが持ち、その龍が纏う色の花びらの形をしている。
命の欠片が砕けるとその龍は死ぬ。また、伴侶と結ぶ“龍の契約”時にも必要とする。
ウェズはそれを手の上で転がしながら、あの老龍との会話を思い出していた。
人間のふりをして、全国を遊行するのが好きな、少し変わった龍だった。
『では、老はその王族が本当に龍の血をひくとでもお思いか。』
『いやそれはどうだろうなぁ。
あやつらが他の人間と違うと言えば、違うと思った。だが、同じだと思えば、同じに見えるものだ。』
『……………。』
『そう睨むな、若いの。まあ……、そうだな、本当にそうではないかと思うことも、あったな。』
『では、ありえる、と。』
『…まあ“龍の契約”があったにしては短命だったようだがな。
ああ、うむ、確かに信じたくない気持ちは分かる。人間は愚かな者が多い。
目に見えるものだけを見て、胸の内は見ようともしないからな。
だが1年あの国にいて、人と龍が歩み寄る道もあるのではないか、そう思ったことも確かにあったのだよ。』
『……たった1年のことでしょう。
この数千年、龍と人間がつきあってきた結果である認識は変わらない。人間は欲深く、愚かだ。』
『ほっほっほ、我らには1年はほんの一瞬だとしても、人間にとってはそうでないことを知らんようだな。』
老龍は胸に手を当て、まっすぐにウェズを見た。
『若き有能な王よ、我が言えるのはこれだけだ。
胸の内で感じ、そのまま従うが良い。
貴方にはそうするだけの能力と、才と、運があるのだからな。』
そう言って老龍は再び谷から飛び立っていった。以来、彼とは会っていない。
この話を長達にしていたら、彼らはあの王との面会の機を設けようとしただろうか。
ウェズがこの話を長達にしなかったのは、単純に重要視していなかったからだ。
最強の種族である龍を相手にするのはリスクが高すぎて、人間はもちろんその他の種族も近頃は龍に手を出す者はほとんどいなかった。
今回の誘拐が龍の血がどうとかいう話に無関係とは思えないが、関係があるとも思えない。
だが、老よ、やはり人間は愚かではないか。
龍の子を拐かした罪は重い。
「龍王、それがこの誘拐にどう関係があるんだ。」
ラインの大きな声にウェズは我に返り、老龍の姿を頭の隅に追いやると命の欠片を飲み込んでから立ち上がった。
本棚にある地図を出し、机の上に広げる。
「何にしても、他の国ならば血や心臓を食らうなどとくだらないことをするかもしれんが、ベデルッテだけはその危険はそれほどないということだ。」
龍の血や心臓に長命の効があるなどとばかげたことを信じる国もあるが、龍の子孫などという信仰がある王族ならば容易く殺そうとはしないだろう。
「幸か不幸か捕まったのは子供だ。大人のように捕らわれたことを恥じ、欠片をかみ砕くなんて真似はするまい。」
ラインはその可能性を考えていなかったようで、ぐっと手を握りしめて神妙にうなずいた。
何よりもまず、無事に城から救い出し谷まで連れ帰ることが最優先だ。
ラインに託した子の親たちも、今子を想い焦れながら待っていることだろう。
人間への報復は、またいずれで良い。
ウェズは龍の谷とベデルッテの国を地図上で指さし、説明を始めた。
龍の谷と彼国にはそれほど距離はない。
しかし、子を取り返してくるのを承知で龍の谷付近や城との間に刺客が放ってある可能性は高い。もちろん城内にも罠はあるだろう。
龍とて無敵ではない。
まして子供を連れて帰るときは、危険は低い方がよい。
ウェズが単身で城に乗り込み子を奪還した後、森に隠れたラインに子を託してウェズは囮として引きつけることに決まった。
動くのは、ウェズとラインのみ。大勢で行くと罠にかかる危険が増すからだ。
龍の中で最も強い龍が最も有効な手で対処する。それが龍王としての役割だ。そしてこれはその圧倒的な力の差を誇示することにも繋がる。
夜のほうが闇に紛れやすいが、子の身の安全と、ライン達緑龍が森と同化しやすくするため、日中である今の内に救出に向かうことになった。
ウェズは侍従を呼び寄せ留守を赤龍に守らせるよう言いつけると、壁の装飾に使われた緑の布を剥がして手に取った。
「行くぞ、緑龍の長。」
「ああ。だけど……なんかすげぇ、胸がざわざわするんだ。
…ウェズ、気をつけろよ。」
執務室を出ようとするウェズを不安げに見やり、ラインは真剣な声色で呟いた。扉を開け、振り返ったウェズはにやりと笑う。
「血が沸き立つの間違いだろ。
いくぞ、ライン」
いつもはどちらかというと無鉄砲なラインが未だに不安げな表情で眉を寄せていたことに、すでに踵を返していたウェズは気づかなかった。
あれ、本編並みの長さに…
気になってたとこ、改稿