0159・大麦とアルコール
Side:イシス
対して美味しくもない無駄に高いだけの食事を終え、俺達はさっさと宿の部屋に戻る。
部屋に入った後は鍵を掛け、一旦<時空の狭間>に戻って口直しを行う。
とにかく美味しくない肉の所為で納得がいかない。
バステトは肉醤を塗って焼いた魚が良いらしいが、俺は先に大麦でパンを作らせてみた。
酵母はエールを入れたから多少あるので、パンに使っても特に問題は無い。
それよりも大麦のパンってどんなのか気になる。
発酵させたのかどうかは分からないが、出てきたパンは丸型で密度はそこまでないパンだった。
それでも元の星で売っているパンよりはどっしりしている。
これが普通の大麦パンなのかどうかは分からないが、とりあえず食べてみるか。
「……体に良いパンなのは栄養価から間違い無いんだが、元の星で小麦にとって代わられたのが分かるな。とはいえ、不味いとは言えないし十分に食えるパンだ。酒場とかで出てくるパンよりはマシだし」
「そうなのですか? で、あるならば、小麦を使っていても大した事の無いパンが出てきているという事ですね。製粉技術の影響か、それとも発酵をさせていないのか。どちらにしても料理技術も低いというのが分かります」
「まあ、仕方がないとは思う。ウサギ肉の焼き物が、塩を掛けて焼いただけなんだ。その時点でよく分かる。もちろん古い時代においては塩が貴重なのは分かるんだが……それにしてもなぁ」
『何と言うか、私が居た星よりも文句を言っているわね? 気持ちは分かるし、食事がマシだと思っていたらアレだもの。ガッカリしたのは私も同じよ。<物品作製装置>の方が同じ料理でも絶対に美味しいわ』
「そうなんだよ。それを考えると、ますます向こうでは無駄金を使っているようにしか思えなくなる。仕方がない事なんだが、どうしても腹立たしく感じるんだよ」
『食事をしていないと怪しまれますからね、確かに仕方ない事でしょう。とはいえ、その為に美味しくない物を食べなくてはいけないというのも、厳しいでしょうね』
『そうなのよ。とはいえ宿に戻って眠らないと怪しまれるし、町に居るなら食事をしないと怪しまれるし……』
「あれだ。町中には屋台とか出てたし、あれを買って宿に戻ろう。それを食べてますと言い訳をすればいい。そしたら怪しまれないだろうし、多少食べれば済む。いちいち無駄に高いボッタクリ料理を食べなくてもいい」
「確かにそうでしょうね。明日からそうしますか?」
「ああ、そうしよう。それと、ヌン。アルコールの悪影響は<生物修復装置>で回復できるのか?」
「問題ありません。歴代の<時空の旅人>には酒豪の者も居ましたからね。幾らでも酒が飲めると喜んでいたので長く続くかと思いましたが、意外に早く飽きて一般生物に戻りましたよ。まあ、酒を飲む代わりに孤独だったのがいけなかったのでしょうが」
「孤独はダメだな。幾ら復活するし<生物修復装置>で治せるといっても、心までは治せないんだろう。それじゃ自棄酒を飲み続けてるみたいなもんだ。最後は破綻するに決まってる」
「イシスの言う通りに破綻して終わりましたね。そのアルコールを飲むのですか? 構いませんが、そんなにすぐに悪影響は出ませんよ?」
「いや、俺がしたのはあくまでも確認だよ。おそらく治せるだろうと思ってたけど、正確に確認した訳じゃなかったからな。それと<物品作製装置>でエールやシードルにワインを作ったらどうなるかに興味がある」
『はいはーい。私も興味があるから飲むわ。ちょうだい』
「言うと思ったし、その予定だったんだが、まずは訓練場で十分に練習してからな。で、向こうで寝る前に飲む。それなら問題ない筈だし」
「そうですね。それが一番安全でしょう」
予定が決まったので俺たちは訓練場へ。
結局、大麦パンしか食べなかったが、口直しには十分だったので気にしない事にした。
訓練場に入ったら練習を開始。
バステトはバステト状態になって練習し、ハトホルは【魔術】の練習を続けている。
俺は足運びや体重移動の練習だ。
なかなか大変だが、それでも少しずつ形にはなっている。
そのまま練習を続け、十分に疲れたら終了。
<物品作製装置>の部屋に行き、三人分のエールを作ってアイテムバッグに収納。
魔法陣部屋から惑星の宿の部屋へと戻った。
「さて、十分に疲れてるし、後は寝るだけだ。なら酒を飲んでも問題なし、と」
俺はアイテムバッグからエールの入った木のジョッキを三つ取り出し、二つを木のボウルに移し変える。
後はバステトとハトホルに飲ませるだけなのだが、二匹は普通にエールを飲み始めた。
そういえば古代エジプトでは、ピラミッド建設従事者にビールが振舞われていたと聞いた事があるが、あの時代のエジプトにホップがあったんだろうか?
詳しくないから知らないが、あれってビールじゃなくてエールじゃないの?
ビールって下面発酵でホップを使った物、しかも元の星で最初に製法を作ったのはドイツじゃなかったっけ?
『どうかしましたか? イシス』
「いや、古代エジプトにおいてビールは作られていたって聞くけど、それって下面発酵でホップが使われていたビールじゃないよなと思ってさ」
『いえ、そんな事はありませんよ。下面発酵かは不明ですが<ルピナス>を添加して保存料としていました。また古代バビロニアでは様々なハーブを漬け込んでいた筈ですし、その中にホップもあった筈です』
「古代バビロニアって、なんか聞いた事があるな。………ああ! <バビロンの竜>の国か。あの原初のドラゴンの」
『覚え方が色々とアレですが、そうですね。ちなみに古い時代のエールはパンから作られていたと言われてます。大麦を麦芽した後で粉砕し、それに水を混ぜて練った後で焼く。そのパンを水に入れて発酵させていたそうですよ』
「へー……。下面発酵かはともかく、そんな古い時代からホップを使ったビールがあったとは知らなかった。まあ、それでも上面発酵だとアルコール分は低いだろうけど」
『でしょうね。アルコール発酵が全体に行き渡らないですし、上面発酵では殆どアルコールに変化しません。だからこそ昔は子供の飲み物だったわけで……』
「今思うと危ないよな。子供に上面発酵の、アルコールが少ないとはいえエールを飲ませるんだからさ。水の質が良くないから仕方ないんだろうけど、俺からしたら驚くわ」
『それは本当に仕方のない事でしょう。生まれた土地で水の良し悪しも決まってしまいますからね』
「そうなんだけど……うん? さっきの大麦パンがそれなりに美味しかったのは、麦芽パンだからだったんだろうか?」
『違うのでは? そもそも大麦をビールで練ったビールパンもあった筈ですし、イシスはエールを<物品作製装置>に入れていますからね。そちらの作り方で作ったパンでは?』
「酒でパンを作るなんて事があるんだな、全然知らなかったわ。っていうか、それよりも……」
「「ZZZZZ………」」
「二匹が寝てるんだが、そこまでこのエールのアルコールは強くないと思うぞ……? 何だか二匹とも酒を気に入ったと思えるのは気のせいか?」
『古代エジプトでは神に捧げる物の一つに酒がありますからね。名前が名前ですし、その影響では?』
「かもな。名前が影響を与える、なんてのもバカには出来ない考え方だし、実際に不思議な事なんて幾らでもある。二匹が名前で影響を受けてる可能性は否定できない」
『付けたのはイシスですけどね』
「そうなんだよ。今さら変えたりなんてしないけどな」
ハトホルは小さくなってから飲んでいたので、そのままベッドへと上げて二匹を寝かせておいた。
二匹が使っていた深皿をそのままアイテムバッグに仕舞い、俺も残っていたエールを飲み干してからベッドに横になる。
後はヌンに任せて大丈夫だろう。
それじゃ、おやすみ。




