0134・牛乳と草
Side:イシス
「なら俺達と来るという事で決まりだな。そうなると名前を付けないといけないんだが、エジプト関係で牝牛なんて一柱しか思いつかないんだよな。つまり君の名はハトホルだ」
「太陽神ラーを父に持ち、世界を生み出した天の牝牛、鉱山の守護神、ホルスのこの世の姿であるファラオに乳を与える牝牛、妊婦を守る女神などと言われる神ですね。そういえば鉱山街のある町の近くで会ってもいますし、面白いと思います」
「まあ、そうだな。よろしく、ハトホル」
『ええ、よろしくお願いします』
「牛の大きさに戻ってもいいけど、ベッドなんかで寝る際には小さくなってくれ。あと運ぶ時にも小さくなってくれると助かる。流石に本来の牛の姿だと重いんでな、運び辛い」
『分かりました。今は元に戻らせてもらいます』
そういってハトホルは元の大きさになったが、その大きさは体高1メートル50センチぐらいある。
毛は白く、ホルスタインのように黒い部分も無く真っ白な牛だな。
ちょっと神聖な感じもしないでもない。
そんなハトホルと部屋の外に出ようと思ったら、何故かバステトが入ってきて俺の足をペシペシ叩いてきた。
『私を放ってこっちに来てるって何事よ! ちゃんと起こしていきなさい!!』
「そうは言われてもな? まだ寝てたし、別に急いでもないんだから、ゆっくりしてても良かったんだよ。これから向こうは夜だし、その間も俺達は歩き通して進む事になるからな」
『出来る限り、あの町から離れる為ね。……それはともかく起きたのはいいけど、大きいわねえ』
『そうですか? 私は貴女が小さすぎると思いますが……まあ、種の違いというところでしょう。私はハトホルと名付けられましたので宜しく』
『あ、そうなの? 私はバステトよ。宜しく』
「それは良いんだが、何で急にバステトはハトホルの後ろに回りこんだんだ? 悪戯とかは止めるんだぞ」
『しないわよ、そんな事。それより、すっごい良い匂いがするんだけど、いいわよね?』
「は? いったい何がだ?」
『……ああ、そういう事ですか。構いませんよ、我が子も失ってしまいましたし』
そうハトホルが言うので確認すると、バステトはハトホルの乳に吸い付いていた。
……思わず「何やってんだ、コイツ?」と言いかけて止まる。
ハトホルは乳が出る状態だが、子供が居ないんだ。
ならバステトが飲むくらいなら構わないだろう。
そう思い離れようとしたら、ハトホルから話しかけられた。
『イシスもどうですか? 乳を飲んでもらえると私も助かります。張っている程ではありませんが、溜まり過ぎても困りますので』
「それはありがたいが、俺が飲む場合は搾らなきゃいけないのと、低温殺菌などをしないと飲めないだろう」
「そんな事はありませんよ。仲間になるのは分かっていましたし、まだ乳が出る状態でした。ですので、その能力の固定は最適化で出来ています。ハトホルは任意で乳を出したり出さなかったり出来ますし、おそらく普通に飲んでも大丈夫でしょう」
「相変わらず<生物修復装置>がとんでもないな。ハトホルの乳を搾った後に<物品作製装置>に入れたらどうなる?」
「その場合は<バター>や<チーズ>が作れると思いますよ? 後は<脱脂粉乳>とかですかね?」
「美味しくないらしいけど、体に良いんだよな。よし<物品作製装置>の部屋に行こう。食事も含めて向こうに行った方が良いからな」
『分かりました。………あの、バステト。口を放してくれませんか?』
「………」
「夢中でハトホルの乳を飲んでるな。「どんだけだよ」と言いたくなるが、それだけ美味しいんだろう。ま、とりあえずバステトを連れていくか」
俺は夢中でハトホルの乳を飲んでいるバステトに近寄り、首の後ろを摘んで持ち上げる。
流石に本能には勝てないのか、摘ままれた瞬間から体の力を抜き、なすがままになるバステト。
口の周りに乳が付いたままの姿は、まるで子猫みたいだ。
実際にはとっくに成猫なんだが。
『流石に飲んでる最中に持ち上げるって酷くないかしら? 何でこんな扱いなのよ』
「バステトが人の話を聞かないのが悪い。俺は<物品作製装置>の部屋に行くと言ってるんだ。ちゃんと人の話は聞こうな?」
『私の乳に夢中になっていたようですから、仕方ないのかもしれませんが、話を聞かないのはいけませんよ』
『えっ? そんな事を言ってたの? ぜんぜん知らなかったわ。……もしかして、聞こえないぐらい夢中だったって事? そんなバカな……』
「逆に言えば、バステトが無心になるレベルで夢中だったって事か。それはそれで凄いなと思うが、神の乳と考えれば普通なのか?」
「神の名を付けただけですけどね。今の星を終わらせて報酬を貰ったら変わるかもしれませんが、現在はまだ変わっていない筈です。今後は知りませんが」
「ああ、報酬かー」
そんな話をしながらも<物品作製装置>の部屋に着いたので、木の桶を作製し、その中にハトホルの乳を搾って入れていく。
普通に牛の乳搾りをしているだけなのだが……。
『んっ………うん………あっ、んっ……』
何でそういう声を【念波】で出すのか知らないが、乳搾りの間だけは止めてもらいたい。
「ハトホル。すまないが乳搾りの間は【念話】と【念波】の使用を止めてもらえると助かる。気が散るんでな」
『んっ、ごめんなさ、あっ、分かりました』
ワザとか? と言いたくなるが、ツッコまれても面倒なので口は開かない。
こういう時は沈黙が一番正しいのだという事を俺は知っている。知識としてだが。
十分に乳を搾った後は、その乳の入った桶を箱の中へと投入。
そして木のコップを指定して入れると、ハトホルの乳が入ったコップが出てきたので早速いただく。
「………ああ、バステトが夢中になるのも分からなくはないな。この牛乳めちゃくちゃ美味いわ。流石のバステトも遂に飲めなくなったみたいだけど」
『お、なか、いっぱい、でくる、しい………』
「誰が腹がパンパンになるまで飲めって言ったよ? 誰も言ってないのに、よくそこまで飲めたな。……バステトは何も入らないみたいだし、俺達だけ食事にするか」
俺はそう言い、適当な料理を作って食べる。
ハトホルは熟成と発酵をさせた植物のペレットと、刈り取った草を乾燥させたキューブ状の物、それに木の桶に入れた水だ。
「本当にこれでいいのか? ヌン?」
「はい。ハトホルは魔物の一種とはいえ、見た目も中身も牛です。食べる物としては、乳酸発酵させた物と乾燥させた植物が現時点では一番栄養価が高いでしょう。それに、好んで食べているようですよ?」
確かにハトホルを見ていると、大きな木桶に顔を突っ込んでガツガツ食べている。
実際には反芻しているので、見た目はガツガツしている感じではないが、乳を飲んでいたバステト並に夢中らしい。
自然界では乳酸発酵させた飼料なんて食べられないからだろうけど、そこまで好むとは思わなかったな。
これは夜の間に草を集めておくべきか。
どうせ枯れるだけなら、俺達が手に入れても構わないだろう。
どうせ夜は暇だし、食べ物集めというか草集めをしていても問題ない。
最悪はハトホルも栄養剤で我慢してもらおう。
牛が一日に食べる草の量って膨大だし、そんなに草ばっかり集めてもいられないしな。
ハトホルが人型になれるなら自分で集めろと言えるだろうけど、今は無理だ。
やるなら俺とバステトとヌンでするしかないし、そんな大量の草はダンジョンにしかないと思う。
これは早めにダンジョンへと行くしかないな。
………洞窟型のダンジョンだったら困るなぁ。
草が全く無いだろうし、色々な地形のあるダンジョンであってくれよ!
頼むぞ、ダンジョン!




