3.小夜子 通過儀礼
29歳最後の入浴を済ませた私は、工場から貰ってきたダンボール数箱をせっせと組み立て、まるで今から引っ越しの荷造りをするかのようにダンボールを部屋に並べた。「引っ越しでもするの?遠方に行くのはなしよ。」なんて冗談を言いながら、このダンボールを見繕ってくれた脇田さんは何か言いたげだったが、私は見て見ぬフリをした。説明が面倒だったからだ。
私はあと数時間で30歳となる。その前に私にはやるべきことがあった。これは、もう随分前から決めていたことであり、いよいよその時がきた。随分前というのは、亮平を好きになった時だ。亮平を好きになった瞬間、私は彼を30歳になる前日-そう、まさしく今日がその日だ-まで好きでいた場合、その日を持って彼から卒業する、という決意を持って、彼に恋に落ちた。期限付きの恋といったところか。世間一般的なイメージがどういったものか、はっきりとわかっているわけではないが、アイドルを好きではない世界の人からすると、30歳を超えてもなおアイドルを好きでいるというのは、何だかとても痛い行為なのではないか。何となくそんな気がして、30歳という区切りを自分に課していた。
そして今、私は亮平から卒業するという一大イベントを執り行おうとしている。そのためのダンボールなのである。まず、私はこのダンボールの中に物理的に亮平を押し込めることを考えた。部屋のいたるところにEarthのグッズがあり、まずはそのグッズをダンボールに収めることにした。一番Earth関連のもので多いのは雑誌の切り抜きだ。Earth5人のものが多いが、亮平単独での掲載もここ数年は増えてきたため、その分も合わせるとすごい量になる。雑誌は買ってくるとすぐにEarth、亮平の部分を切り抜き、ファイルに収めた。このファイルも今は30冊となった。なかなかの重さである。これを見れば、亮平の成長を見ることができる。その時の亮平の髪型であったり、髪の色だったり、その時に流行の衣装だったりと、一度開いてしまうととても今日中に片付かない自信があった。いや、開いてはいけないのだ。
何度も開きそうになるのをこらえながら、私は1冊ずつダンボールに押し込んでいく。その作業をしながら、私は雑誌を手にし、それを家に持ち帰る時のあの高揚感を思い出していた。雑誌はたいてい発売日に本屋へ足を運んだ。そして、店頭にてチラっと中を覗く。この瞬間が一番好きだった。そこにどんな亮平がいるだろうか、今日はどんな視線を向けてくれているのだろうか、今日は何を語っているのだろうか。そう思いながら、中を少し拝見する。そして、「これはヤバイやつ。」そう思いながら、レジへ行く。これをもう数えきれないくらい繰り返してきた。ときに、好みではない亮平もいたが、それはそれで諦めてそっと置いてくることもあった。私が亮平関連の雑誌で一番嬉しかったのは、亮平がエッセイやコラムを書いた時だった。そんなに回数は多くなく、連載でもなかったが必ず目を通した。亮平の紡ぐ言葉がとても好きだからだ。モノゴトの捉え方が、自分と重なる部分があり、「亮平もそう思ってるんだぁ。」と勝手に共通点を見つけて感動したり、自分では絶対使わない言い回しに感嘆させられたりもした。亮平の写真よりも文章のほうが、いい意味で私の心をかき乱してくれた。




