2.小夜子 普遍的な日常④
私は帰路に着き、自宅の玄関ドアを開ける。築30年になる2階建てアパートの2階の一室が私の部屋である。このアパートに住み始めてからも7年になる。工場へは実家から通うことも可能だったが、ひとり暮らしをして自由になりたいという思いが強くあり、卒業と同時にこのアパートに越してきた。この選択に間違いはなかったと思っている。アパートの住人は割と穏やかな暮らしをしている人が多いのか、静かな環境で毎日を送ることができている。
また、私がこのアパートで一番気に入っているのは、窓から見える景色だ。富士山が見えるとか、東京タワーが見えるとか、そう言ったことではない。むしろ、そんなものは見えない。見えるのは1本の木と自然に生えている草花だ。これらが季節を知らせてくれる。私は毎朝窓からの景色を臨むが、1日1日の変化はそう感じられない。しかし、10日単位、1ヶ月単位で見ると必ず変化している。咲いていた花が変わっていたり、枯れてしまう花々、また新たに芽吹く草花、そういったものの変化を窓というフレームにはめこんで見るのが好きだ。そういうところから、今日も生きているなぁ、と実感することができる。
私の部屋は典型的なひとり住まい用で、ベッドが部屋の大部分を占領してしまっている。ベッドにはいつもグリーン系のカバーをかけてある。カーテンもグリーン系だ。家具は白に統一している。そして、壁には1枚のポスターが貼られている。B3サイズのポスターで、アイドルスマイルの橘 亮平がこちらを見ている。私のこれまでの喜怒哀楽のすべてを受け止めてきたといっても過言ではない、亮平がそこにはいる。亮平のアイドルスマイルは貴重で、このポスターを手にしたときは、一生の宝にしよう、と真剣に思ったことを覚えている。決して亮平が笑わないアイドルというわけではないし、アイドルスマイルをしないということではない。ただ拝見する機会が少ない。そこがまたファン心をくすぐるのである。
このポスターは随分からここに貼られているので、日に焼け、だいぶ劣化してきてしまった。そして、そこに映る亮平も、今はもうだいぶいい大人になり、ポスターの亮平と現実の亮平は随分姿を変えた。だが、私は今の亮平のポスターに貼りかえようと思ったことは一度もない。今まで一緒に暮らしてきたという思いが勝るのかもしれない。
良い歳した大人が何をしているんだ、と思われるかもしれないが、私はどんな時もこの亮平に話しかけてきた。小さい子供がお気に入りのぬいぐるみにするように。挨拶はもちろんのこと、会社でのこと、ミスをしてしまったこと、世間のニュースでびっくりしたことなんかも報告したし、読んだ本の感想も伝えた。苦しい時は、亮平の前で大泣きしたし、嬉しい時は亮平にピースサインをして見せた。決して亮平が答えてくれるわけではなかったが、亮平のアイドルスマイルが自身の気分によって違って見えたりもした。ポスターの笑顔は変わらないはずなのに、私の都合のいいように笑顔の解釈を変えることが私にはできた。そうすることで、自分の心のバランスを取っているのかもしれない。私にとってなくてはならない紙だ。
今日も私は帰路に着き、パーカーをハンガーにかけながら「ただいま」と亮平に声をかけた。今日の亮平は少し寂しそうな顔をした。こうして話しかけるのもこれで今日が最後だ、私の決意によって亮平の表情は曇った。しかし、これでいいんだ、私は自分に言い聞かせながら、浴室へ向かった。
19時。日をまたぐまであと5時間。時計が一刻、また一刻と30歳へのカウントダウンを始めていた。




