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君が見た空の色は  作者: さやか
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2.小夜子 普遍的な日常②

 「おはようございます。」

いつものように出勤し、まず私は給湯室へ向かう。ポットでお湯を沸かす。その日出勤している人にお茶を振る舞うためだ。誰かに頼まれたわけでもないが、私が勝手に日課としている。私が出勤してくればお茶が出てくると、当たり前のように思ってくれている社員さんたちを見ていると、私は妙な安心感を抱く。

 小さな町工場、と言えばドラマによくありがちだが、まさしくそのありがちな町工場で、工場長そして工場長の奥さんを筆頭に、長年勤務している社員が5名、曜日ごとに交代で午前中のみ出勤するパートさん2名、そして私の計10名でこの工場はまわっている。事務室で働いているのは基本的に工場長の奥さん、パートの江藤さんと脇田さんのどちらか、と私の3人だ。奥さんは経理を任されているので、銀行に出向いたりと、何かと外へ出ることも多い。江藤さんと脇田さんは午前中のみの短時間勤務のパートさんで、私よりずいぶんと年配で、お母さん的存在だ。事務室に常駐している時間が1番長いのが私だ。もう7年もいれば事務室は私の城のようなものである。

奥さんと江藤さんと脇田さんの3人は、私よりも長い付き合いのため、よく就業中におしゃべりとやらをしているのだが、私はあまり就業中にベラベラと話すのは好きではない。大学時代のアルバイトの時もそうだったが、基本的に黙々と仕事がしたい。就職して間もない頃は、私もおしゃべりに強制参加させられていたが、いつからかこいつに話しかけても無駄だ、と思ってくれたのか、今では仕事以外の話を振られることは少なくなった。私は決して奥さんたちが嫌いというわけではない。ただ、「おしゃべり」をするのが苦手なのだ。仕事の話しになればもちろんしっかりと受け答えはするし、対応もする。決して不愛想でもない。要は仕事をするためだけに出勤してくるロボットのようなものだ。本来仕事をするというのはそういうことなのだが、それにつきまとう「おしゃべり」や「飲み会」等のオプションなどは、煩わしく、そこを厳かにしてしまうがゆえ、心がないように見えるかもしれない。簡単に言えば、「人付き合いの悪い奴」だ。

 そんな仕事ロボットでも、「あぁ、今日は暇だな。」と感じるような日もある。仕事量が少ない日もたまにある。そういう時は決まって、事務室の中はおしゃべりサロンと化しているが、私は寡黙を貫いている。傍から見れば近寄りがたい雰囲気を醸し出しているかもしれない。だが、私はそういう時にこそ頭をフルに回転させている。いやむしろ仕事が忙しい時より頭を使っているのかもしれない。

「橘 亮平」、私は暇さえあれば彼を思い出す。意識的と言うよりは、もう無意識にその作業を行う。彼の笑顔、彼の歌声、彼のダンス、彼の書いたエッセイやコラムの内容、彼の雑誌での数々のショット、さまざまなことを頭に並べ、眺めたりしている。大口を開けて笑った時の表情を思い出すだけで、なぜか頑張ろうと思える。彼の歌うパートを思い出しては心の中に温かみを感じる。ダンスにしても何度も目にしているので、頭の中で再現できてしまう。私の頭の中で、彼は華麗に舞う。そして自分の都合の良い角度で視線をくれるのだ。彼の書いたエッセイやコラムから読み取れる彼の変わった言い回しや感性に私の心は共鳴する。私は彼のことを心の中でずっと「亮平」と呼んでいるが、亮平のすべてが私の心にとってプラスに働く。亮平を想えば想うほど、現実のつまらなさや単調さにも耐え抜くことができる。そう、私の心は亮平に支配されているのだ。しかし、そのことを知る人は今現実に目の前にいる人の中にはいない。

 現実の私は、一昔前のデザインのオフィス机が向かい合わせに並べられた事務室の一角に座り、パソコンを前にしている。工場長が新しいのにしたらどうだ、と言って新調して間もないパソコンだ。デザインやスペックに要望を言い、その要望通りのものを買ってもらえたことはすごく嬉しかった。パソコンの右隣にはファイルが何冊かあり、毎日使う頻度の高い書類を並べている。そして左側にはいつでも対応できるように電話が置かれている。いかにも事務員の机といったところである。特に私物を持ってきて飾るようなこともなく、工場から与えられたものだけを使用している。そんな至って普通の事務机に座る人間が、頭の中ではアイドルを求めている。いや、アイドルに支配されている。支配され始めた頃は、このギャップに大いに悩まされた。「私アイドルが好きなんです。」とカミングアウトしたほうがいいのか否か、なぜかそんなことを真剣に考えた。そしてカミングアウトした時の損失を深く考えた。私は細々と長く働くことができればそれで良く、今までも必要以上の会話をしてこなかった。そんな人間からいきなりアイドル好きを公言されたところで聞かされたほうはどうしたらいいのか。今更自身の話をする理由もないという結論に達し、今に至る。


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