2.小夜子 普遍的な日常
朝6時半。いつもの日常が始まる。朝が弱い私は、自発的に起きることはまずない。スマホのアラームは大好きなアイドルグループ「Earth」の曲であり、私はいつも彼らの声にうっとりしながら、曲を聴き終わるまで布団の中で過ごす。聴き終わると、やっとのことで目を開ける。眠い体をどうにか起こし、勢いをつけてベッドを抜ける。そして、部屋のカーテンを開け、太陽の光を部屋に招き入れる。朝イチで太陽光を体に浴びるといいらしい。そのことを知ってからは意識的に浴びるようにしている。それが終われば、私はベッドの横の壁に目を向ける。そして、「おはよう。」と声をかける。もちろん返事はない。
挨拶を済ませば、そこから私の一日は始まる。まずは着替えだ。あらかじめ前夜に準備しておいた服に袖を通す。前夜に準備する習慣は、自身で着替えができるようになってからずっとのことだ。着替えが終われば、キッチンで電気ケトルに水を注ぎセットし、そのまま洗面所へ向かい、お湯が沸くまでの時間を利用し、顔を洗う。洗面所から戻ればシンクの水切りに逆さにしておいたお気に入りのカップを表に返し、そこへ角砂糖2個とセイロンのティーパックを放り込む。そして先ほどセットしておいたお湯を注ぎ入れ、朝は渋めに入れる。あのちょっとした苦味が体を起こしてくれるような気がするからだ。朝食はそんなにしっかりとは摂らない。めんどうくさいと言うこともあるが、食パン1枚を焼くくらいだ。簡単に食事を済ませたのち、さっと腰あたりまで長さのある髪をローテールでひとつに結び、仕事用の髪型を作り上げる。化粧も地肌が見えない程度、いわゆる薄化粧に仕上げる。
仕事へ行く準備が整えば、外の景色を確認する。今日は晴れ。雲ひとつない空に清々しさを感じる。窓のフレームにおさまったいつもの景色は、いつも通りそこにある。季節が巡り、芽吹く花や葉は変わるが基本フレームの中の景色は同じだ。それが、今日という日がいつも通りそこにある、と確認させてくれる。そして再び私は、ベッドの横の壁に目を向ける。「行ってきます。」と声をかけ、仕事へ向かう。
こんな生活を7年近く続けている。
高木 小夜子、29歳。私は地元から少し離れた小さな町工場の事務員をしている。大学はそこそこのところに在学していたが、周りが就職活動という荒波にのまれている頃、私はそれを少し離れたところから傍観していた。どうにも就職活動という活動が私には無駄に思えてならなかった。周りの様子をまるで他人事のように眺めていた。きっと彼女たちにとって大手に就職することは夢であり、その夢のために頑張っていたのだろう。と思って今は納得しているが、本心はわからない。友人に、
「小夜子は、この先どうするの?就職活動はしないの?何かあてでもあるの?そんなにのんびりしてていいの?」
といった類のことを何度となく聞かれたが、私にはピンとこなかった。私には、大手に就職することが価値のあることだと思わなかったからだ。何十枚ものエントリーシートを書き、証明写真の撮影を行い、窮屈なスーツを身にまとい、慣れない靴を履き、何社も巡るその過程を滑稽にすら感じていた。もちろんその当時の友人たちには言わなかったが。
ただ、私にも卒業後働く意思はあった。ニートになることを志願していたわけではない。あの就職活動という「活動」をしたくなかったのだ。私はある日、大学からの帰宅途中、今の職場である町工場の壁にあった張り紙を目にした。「コレだ!」と思った。私はその日から就職活動を始め、翌日には面接にたどり着き、採用を勝ち取った。就職活動わずか2日。私は大手などに興味はなかった。小さなところで細々と長く働ければそれで良かった。職種なんてこだわりもなかった。そもそも職種を希望したところで、やってみなければ向き不向きはわからない。こうして私は今の町工場に在籍して7年になる。そう、希望通り細々と長く働くことができている。友人の何人かはあんなに必死になって手にした大手の席を手放したと聞く。就職活動って一体何だろうか、と疑問を感じずにはいられない。




