4.亮平 葛藤③
「まあ、落ち着いて。ほら座って。」
と社長に促され、オレは思わず立ち上がってしまった自分に苦笑する。
「君の意欲を感じたよ。このオファー受けておくから。また、詳細はマネージャーのほうから伝えるようにするよ。」
「ありがとうございます。頑張ります。」
オレは、何の迷いもなくオファーを受けることができた自分に内心驚いていた。客観的に見れば、主演と言われれば怖気ついてしまうものだと思う。ましてや俳優などやったことのない身だ。
しかし、今まで俳優業に興味がなかったわけではない。いろんなドラマや映画を観るのは好きだったし、観ながらオレだったらこうするなぁとか自惚れた考えをしてみたこともあった。オレにいつかそういう日がくるのだろうか、と漠然と考えたことは今まで何度かあった。ただ、自分の中で妄想の域を超えて、やってみたいという意志を持つほどではなかった。それが、急に自身に舞い降りた。断る理由はなかった。社長も話していたが、Earthには俳優をやっている者がいない。その言葉が大チャンスに思えたのだ。オレがEarthの中で輝ける場所。見えた気がした。
オレは事務所を出たあと、近くのカフェに寄った。セルフでアイスコーヒーを頼み、一人掛けの席に腰を下ろす。帽子をかぶっているせいもあるだろうが、オレだと気づかれることはない。プライベート中は気づかれなくて嬉しいと思う反面、オレはまだどこにいても気づかれる、というほどの認知度ではないのだなと、ちょっとガッカリしたりもする。
オレはふとスマホを取り出し、詠斗にメールをする。オレは詠斗をErathのリーダーとしてだけでなく、兄貴のように慕っている。オレはこの一連を報告しようと思い、飲みの誘いをしてみる。きっと仕事中で、返事はすぐには来ない、そうのんびり構えていたところ、すぐに返信があった。
“今ちょうど撮影の合間の休憩中。今日18時に仕事終わる予定だから、飲みに行こうぜ”
“ありがとう。オレは今日はもうオフだからどこかで時間潰しておくわ。”
と返信をする。
詠斗はこの話を聞き、どういう反応をするだろうか。素直に喜んでくれるとは思う。ただ、いつも詠斗は喜ぶだけではなく、的確なアドバイスをくれる。それが、詠斗に一番に話したくなる理由かもしれない。オレは、詠斗から何かアドバイスを欲しがっているということか、そんなことを思いながら、氷だけになったカップを持ち、オレは立ち上がった。
18時。詠斗の指定する居酒屋に向かうと、詠斗は少し遅れてやってきた。
「ごめんごめん。おまたせー。」
「おう。オレも今来たとこ。ビールにする?」
とビール2杯と、適当につまみになりそうなものを頼む。
「で、話しって?お前のことだから、何かいいことでもあったか?」
といきなり詠斗は切り出す。
「実は今日事務所に呼ばれたんだよ。」
「社長にか?」
「うん。」
「で、どんな話?お前だけ呼ばれたってことは個人の活動のことだよな?」
「詠斗は、いつも勘がいいな。そう。オレ個人のこと。オレ、2時間のスペシャルドラマの主演に決まったよ。」
「え?いきなりだな。でも、すごいじゃん。おめでとう。」
とビールで乾杯をする。
「社長に今の自分の活動について、どう思っているのかを本音で話したんだ。」
「本音?それは聞いてもいい話なのか?」
と枝豆をつまみながら、詠斗はたずねる。
「うん、まあ。詠斗はうすうすわかってただろ?リーダーだしさ。オレだけが個人の活動でEarthに還元できていないんじゃないかって、ずっと考えててさ、メンバーに嫉妬しているとかそういうことでもないけど、何かオレだけコレといったものがないなぁって。そういうところを社長は見抜いててさ、それで俳優の仕事を勧めてくれてさ。」
オレは一気に話し、そして一気にビールを体に流し込む。
「で、それを受けたってわけか。即答できたんだろ?その気持ちがあれば、何だってできるんじゃねーか?」
「そうなんだよな。即答できたんだよ、“やります”って。けど今思えば、オレ俳優なんてやったことないから、現場の空気感もわからねーし、人見知りだし、大丈夫なのか、と思うけど。」
「まぁ、でもチャンスじゃん。メンバーにドラマ出てるやついないしさ。な?がんばれよ。」
「詠斗ならそう言ってくれると思ったよ。」
「おうよ。あ、でも一つ言うなら、女には気をつけろよ。スキャンダル絡みはな。」
「おう。」
オレが、何気なく聞いていた詠斗のこの一言の意味がわかるのは後々のことだった。




