重要な手がかり
捜査も大詰め!
その日の夕方。『ルピナス』を後にした私達四人は、警視庁捜査一課の会議室に集まっていた。
机の上に広げた捜査資料や写真を見ながら、私が言う。
「事件の関係者には一通り話を聞きましたし、一旦情報の整理をしましょうか。まずはアリバイから」
今まで集めた情報を纏めると、事件関係者のアリバイは次のようになる。
瑞穂さんは、二十時頃新木さんに目撃されてから遺体発見時までアリバイ無し。
深山さんは、礼拝堂で祈りを捧げた後、十九時四十五分頃から二十時四十分頃まで談話室で歓談。その後葛西さんと共に礼拝堂へ行き遺体を発見したので、アリバイ有り。
葛西さんは、十九時半頃から二十時四十分頃まで談話室で歓談。アリバイ有り。
大平さんは十九時四十五分頃から遺体発見時まで事務室で作業。事務室のパソコンのログを調べた所、大平さんの証言に嘘は無さそう。沼畑を殺害してシーツを張り付ける程の時間は無かったと思われるので、アリバイ有り。
新木さんは十九時四十五分頃に礼拝堂を出て、倉庫に脚立を戻した後、二十時頃まで本館にいた。本館にいた事は食堂にいた他の利用者が証言している。
新木さんはバスで『ルピナス』に通っていて、バスの時刻表からすると沼畑を殺害する時間は無かったと思われる。バス停で新木さんらしき人がバスに乗り込むのを本館の窓から見たという利用者の証言もある。アリバイはあると言って良いだろう。
「……こうしてみると、瑞穂さんが疑われるのも分かりますね……」
堀江先生が、資料を見ながら気落ちした様子で言う。まあ、瑞穂さん一人だけアリバイが無いようなものだから仕方ないだろう。
御厨さんが、資料に視線を落としたまま言う。
「課長から聞いた所によると、瑞穂さんが二十時頃に礼拝堂を訪れた時、既に沼畑は亡くなっていたらしい。瑞穂さんの証言を鵜吞みにする事は出来ないけれど、ひとまず彼女が嘘を吐いていないという前提で話をしよう」
という事は、十九時四十五分から二十時までの全員のアリバイを再検証する事になるのか。私がそう思った時、御厨さんが意外な言葉を口にした。
「まあ、アリバイ工作をした人物の目星は付いているし、あの『DEVIL』と書かれたシーツが張られた理由も大体分かるけどな」
「えっ!!」
私は思わず声を上げた。もう犯人の目星がついたと言う事!?
御厨さんは、頭をガシガシと掻きながら苦い表情で言葉を続ける。
「でもなあ……。あの人がアリバイ工作をしたとしても、ちょっと時間的に厳しいものがあるんだよなあ……」
そこで、秀一郎さんが口を挟む。
「時間的に厳しいとは、もしかして、シーツを張る時間の事かね?」
「そうそう、そうなんですよ、秀一郎さん。あの人が犯人だとすると、シーツを張る時間があったかどうか微妙なんですよ。実際に何分の余裕があったかは分かりませんが、あの作業だけでも時間が掛かってしまうので……」
「では、前もってあのシーツを用意しておいたと考えればどうかな?」
「前もって?」
秀一郎さんは、不敵な笑みを浮かべて言葉を続ける。
「そうだ。あの血文字は絵の具で書かれていたんだろう? なら、犯行の前に血文字を書いておく事が出来るじゃないか。犯人は、あの血文字が書かれたシーツを床下の収納スペースに押し込んでおいたんだ。そして、犯行時にシーツを取り出して急いで祭壇側の壁に張った。それで万事解決だ」
「それにしても手間が……あ」
目を見開いた御厨さんが声を上げる。秀一郎さんは、ニヤリと笑って言った。
「気付いたかね? 御厨君。そうだ、順番が逆なんだよ、順番が」
私と堀江先生は、無言で顔を見合わせた。御厨さんと秀一郎さんの会話の内容が全く分からない。犯人は誰なの?
そんな私達を他所に、秀一郎さんが言葉を続ける。
「このままでも犯人を追及出来そうな気もするが、もう一つ何か証拠が欲しいな……。そうだ、小川君。君、昼食後葛西さんに話を聞いていただろう。何か新しい情報は得られたかね?」
急に話を振られた私は、慌てて手帳を見ながら答える。
「あ、はい。遺体発見時、葛西さんが深山さんと一緒に礼拝堂に向かったのは、大平さんに話があるからという事でしたよね。その話というのが、就職活動についてだったんです」
葛西さんは、ギャンブル依存症になり、現在『ルピナス』に泊まり込みでカウンセリングを受けている。でも、実家の両親が心配している事もあり、早く社会復帰したいと考えた。
そこで、副代表である大平さんに就職先を紹介してくれないかと相談したかったらしい。大平さんは『ルピナス』で働く前に建設会社で人事を担当していた。
だから葛西さんは、大平さんなら自分にどんな仕事が向いているか見極めてくれると思ったようだ。
「ほお、就職の相談ねえ……」
「はい。それと、葛西さんが何か隠してるように見えたのはですね、『ルピナス』で決められている規則を破ったからだそうで」
「規則?」
「はい、実は……」
私の話を聞き終えた秀一郎さんは、何故か脱力したように机に突っ伏した。
「小川君……そこまで聞き出しておいてどうして気付かない……?」
「え? え?」
私が困惑していると、額に手を当てた御厨さんが言う。
「まあ……小川はアリバイ工作に気付いてないみたいだから仕方ない……仕方ない……のか?」
「仕方ないって……え、あ、ああっ!!」
ようやく秀一郎さん達の言いたい事が分かった私は、居たたまれなくなりながらも声を出した。
「す、すみませんっ、すぐに葛西さんに再度確認します! まだ十六時半だから、今から『ルピナス』に戻れば話を聞けるはず……!」
そんな私を見た秀一郎さんは、気を取り直すように姿勢を正すと、不敵な笑みを浮かべてこう言った。
「小川君、お手柄だ」
次回から解決編です!




