第9話
地下鉄をあがると、夕闇の中の御堂筋は、人で溢れかえっていた。
この街は昼間見る風景と暗くなってから見る風景が、舞台装置を回転させたくらいにまるで違う。だから、そこを行き交う人々も、全員入れ替えたみたいに違う人たちが集まっている気がする。確かに、昼間来る家族連れや、観光客なんかと、夜、遊ぶ人たちの顔ぶれは当然違うわけなんだけど、それはもう、そもそも種類自体が違うような、根本的齟齬があるような気がしてしまう。
二人でよく待ち合わせをする、宗右衛門町の老舗のうどん屋に入ると、年配の女性従業員は私を見るなり、黙ってすぐに二階の小ぢんまりとした座敷に案内してくれた。慣れ親しんだ、畳敷きの小部屋には、大澤さんはもうそこに来ていて、ごめん、先にやってるよ、と半分くらいになった生ビールのジョッキを持ち上げた。
ここはうどん屋だけど、お酒の種類も多く取り揃えていて、気の利いた酒の肴も出してくれるし、気心も知れているので、お忍びには丁度いい。大澤さんは、お酒が好きでかなり強いくせに、すぐに顔が真っ赤になるので、ちょっと飲んだだけでもへべれけの人に見える。
大澤さんは、以前同じ部署の上司だった人で、今は役員になっている。
「今日はゴルフやったんですか?」
「うん、まあね」
「飲んで大丈夫なんですか?」
ゴルフの時は、たいてい車を運転してやってくる。
「一旦帰って、荷物置いてきたから」
「出てくるとき、奥さん、なんも言わはれへんのですか?」
大澤さんは、ちょっと困った顔をして、まあ飲め飲めと言った。奥さんの話は一応禁物ということになってはいるが、私は、たまにこうやって問いかけてあげる。
大澤さんとつきあいはじめてもう八年くらいになるんだけど、本当のところ、大澤さんと今後どうにかなりたいなんてちっとも考えてない。
なんなら、この距離感が私には丁度よくて恋愛のおいしいどこ取りをしているみたいで、嫌なことは何ひとつないくらいだった。
だけど大澤さんのほうは、私のように楽天的には考えてはいなくて、時々ひどく切ないような顔をする。




