第44話
あおいはバイクとまいちゃんと私を比べて、「ごめんね」と言ったけど、あおい、私たちは、そんな関係じゃなかったよ。すっかり忘れてしまったようやけど、私たちは、恋人同士みたいに単純でも、友だち同士みたいに複雑でもなかった。
ただお互いが必要だった。それだけやったやん。でも、あおいも同じ気持ちでいてくれてたんだと思ったら、嬉しかった。記憶を失う前のあおい「さすが」そう言ってやりたかった。
―――あの日。
なんで、私は眠ってしまったんだろう。約束したのに、眠らないでおこうって。
家に帰ると、大澤さんがいた。
大澤さんの顔を見るなり、涙が止まらなくなった。それから、身体中の水分が全部流れ出てしまうんじゃないかと言うくらいに涙が出た。涙は粘り気がなくさらさらしていて、瞼を閉じても開いてもお構いなしに流れる。
大澤さんは私が泣いている間ずっと抱きしめてくれていた。大きくて温かくて、微かに煙草ときつい香水の匂いのする大澤さんの胸で、私は安心して泣き続けた。大澤さんは相変わらず何も私に聞いてこない。何かを感じているのだろうと思ったけど、きっと聞きたくもないだろうし、私も何も言うつもりはなかった。
それから私は眠った。ヘチマのように乾涸びた私の身体には、もう何も残されていないような気がした。
「こんなにしょっちゅうここに来てて大丈夫なんですか」
目が覚めると、大澤さんはまだ私の部屋にいて、小さな台所で何かを作っていた。ニンニクの炒めたいい香りが部屋中を満たしていた。久しぶりに私がしゃべったので、大澤さんはびっくりしたような顔をしたけど、でもちょっと嬉しそうだった。いいオジサンなのに、かわいい。
「君は心配しなくていいんだよ。パスタを作ってみたんだけど食べられるかい?」
大澤さんが作ってくれたいろんな種類の野菜がごろごろ入った、トマトソースのパスタは、カラフルできれいだし健康にも良さそう。私は黙ってそれを食べながら、ずっと考えていた。
大澤さんのことが今でも大好きだけど、きっと、もうダメだ。いつまでも甘えていてはいけない。このパスタを食べ終わったら、タイには行けませんって言おう。そして伸びてしまった髪を切ろう。
今から漫画家なんて、とても無理に決まっているけど、決めるのは自分だ。
―――ええやん。
―――うん。そう。ええねん。
私はフォークを手から離し、レモンの香りのする冷たい水を一口飲んだ。
べたべたと塗りたくったカーマインレッドの夜空は、あの時の私たちにしか見ることはできない。明けなければいいのに。そうしたら私たちの昨日は消えないよ。
ねえ、あおい。




