表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カーマインレッドの明けない夜  作者: 宝や。なんしい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/45

第45話

 やわらかい陽射しがレースのカーテンをすり抜けて部屋を明るくする。あれから何度目かの夏。クマゼミたちがまたがらがらと大合唱をはじめる頃。


「嘘でしょ。これで終わり?」

「うん、まあ」

「えええ。それはやだ」


 里香(りか)の無茶な注文に笑ってしまった。


「やだって言われても」

「だって、ハッピーエンドがいいじゃん。これは悲しすぎだよ」


 まあね。でも仕方ない。


「だって仕方ないよ。ハッピーエンドじゃないんやから」


「だから、夢がないよ。実際はバッドエンドだとしても、せめて物語の中だけは主人公は幸せであってほしいじゃん」

 里香は弾丸のようにとめどもなく喋り続ける。それにさ、と言って、

「私、ずっと考えてたんだけど、きっと、現実もこれで終わりじゃないと思うんだ」


 里香の夢見る少女ぶりには辟易とする。ある時期はそんな里香と会うのも辛くて、連絡を絶っていた時期もあった。


 何度か漫画コンクールに応募しているうちに、編集者から連絡をもらって、なんとか漫画家と呼べるところまで、なることができた。貯金も底をつきかけていたころなので、なんとか仕事として確立できそうでほっとしている。


 その中で『カーマインレッドの明けない夜』は、私の代表作となった。

 これを書ききることで、私の中でようやく片が付く。そんな気がしていた。ただ、ラストはどんなに書き直しても、どうしてもハッピーエンドにはできなかった。


 里香の家からの帰り道。夕暮れの梅田は一層華やかさを増す。虚構も真実もごちゃ混ぜになって、きらびやかな世界への扉を開く。以前はそんな世界に憧れを抱いていた時もあったけど、今は少しばかり疲れてしまった。

 新しいものが生まれては瞬時に消える。消耗されるエネルギー。すさまじいスピードで流れていく時代。取り残されまいと必死にもがく人々。もし、波にのれなかったら。脱落したら。焦燥感は不安に変わり、急ぐ雑踏のリズムは、加速してゆくばかり。


 私は、少しずつ沈んでゆく遠くの太陽を眺めていた。立ち止まっている人は私だけ。私はあの時から、ずっとがむしゃらに生きてきた。何も考えないようにして。ただひたすらに走り続けてきた。でももう、管理人は、私のところには現れてはくれないのか。


「何をしているんだ」

 とは言ってくれないのか。



絹夏(きいな)!」


 反射的に振り向く。時計塔の下にあおいが立っていた。あの、カーマインレッドの明けない夜を過ごした日と同じ。


「呼んだ?」

「うん」


「呼び捨てにすんなや」


「口、悪いなあ」


 自分の意思とは無関係に、涙が溢れてきた。


 あおいはへらへらと笑う。

「お待たせしました」

「なんやの、それ」


 聞きたいことは山ほどある。でもそんなもの、今は必要ない。あたりまえみたいにしてあおいは私を抱きしめる。周囲の人々は、振り向きもしない。さすが大都会。こんなドラマチックなシーン、滅多にないのに。


「面白いやん」

 私が鼻声でやっとそう言うと、何が? みたいな顔をするので「登場の仕方」と言うと、ああと言って「絹夏さんを笑わせるのが僕の使命なんで」と面白そうに笑った。


「ずいぶん待たされたわ」


そして、

「で、あの時、何を言おうとしてたん」と聞いた。


 あおいはちょっと考えて

「忘れた」

「嘘やん、勘弁してよ。ずうっと気になってたのに、教えてよ」


「いや、まじで忘れた。きっとめっちゃたいしたことない。オムライス好き? とかそんな感じのことやったと思う」


「あほちゃう」

「だってしゃあないやん。きっと、ごっそりとった前頭葉の中に残ってたんやと思う」


 そうか、と私はため息をついてから「でも、また奇跡はおこるかもしれへんしね。そんときは教えてね」と言った。


 あおいの笑い声が好き。

 あおいの指の感触が好き。

 あおいの変な癖が好き。

 あおいの瞳の中の私が好き。


 ああ、

 私、あおいが好き。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ