第42話
「昨日を書き換えたんやね。自分だけ」
呟いてから、あの日の朝、あおいは何を私に伝えようとしていたんだろうと思った。
「その中途半端さもあおいらしくていいか」
あおいは不思議そうに私を見ていたけど、とくになにも言わなかった。
「わかった。じゃあ、これで」
「ごめんね」
「うん、まあ、しゃあないね」
病室に置いてあった自分の荷物をまとめる。タオルとか食器とかノートとか本とか。その辺にあった紙袋に詰めた。あおいと過ごすために必要だと思ったそれらは、今ではガラクタでしかなかった。
「その大きい荷物、ええの? ほんまに」
まるで興味なんてないくせに、渾身の二十号のキャンパスに視線を向けて、あおいが言った。これは、昨日を失くす前のあおいに描いたものだから、おまえになんて見せてやらないから。
「うん、いいよ。見てもらわなくても」
それから二人とも何もしゃべらなかった。しゃべることももう何もない。私はあおいのほうを一度も見ないで、部屋を出ようとして扉に手をかけた時、
「そういや、絹夏さん。最近面白かった本って何かある?」と不意に聞かれた。
「なんで?」
「いや、なんとなく」
私はあおいの顔を見た。前頭葉と昨日を失った男が、そこに立っている。やけにぺらぺらしながら。
「バージニアウルフの『灯台へ』、すごく感動したけど」と言ってから「でも読まんほうがいいよ。多分、意味わからんと思うから」と付け加えた。
あおいは怪訝な顔をして、ふうんと言った。
病室の扉をあけたら、まいちゃんが立っていた。小さくてぽっちゃりした身体で仁王立ちになっていたので、なんかのキャラクターに似てるといろいろ想像したら、思わず笑いそうになった。
明らかに私を待っていたみたいだったけど、無視して行こうとしたら、話したいことがあると呼び止められた。
私のほうは何も話すことはなかったし不快でしかなかったので、いいよとも嫌だとも言わずに、そのまま立ち止まることなく歩いて行った。私を追いかけてくる、サンダルのガラガラという音が癇に障る。
「絹夏さんにとって、あおいの存在ってなんだったんですか?」
なんで今更そんなことを聞くのだろう。特に早足で歩いているわけでもないつもりだったけど、まいちゃんは私と並んで歩くために、ちょこちょこと駆け足になる。
息をあげながらまいちゃんは続けた。
「以前、私たちが別れたのは、絹夏さんのせいなんです」
「あのさ、私たちはつきあってないよ。私には彼氏がいるし、あおいはそのことも知ってる。記憶を失ったあおいも誤解してるみたいやけど、私たちは、そんなんじゃないから」




