第41話
「絹夏さん、ほんまにオレと知り合いなん?」
「面白いこと言うてくれるやん」
足元から崩れていくような気分だった。病院のインフォメーションが遠野先生という医者を何度も呼びだしていた。それを聞きながら、遠野、何やってんねん、早よ行けや、と頭の中で悪態をついた。
何か別なことを考えていたかった。別なところで感情を保っていたかった。
「ごめんやねんけど、オレ、絹夏さんの気持ちにこたえられそうにないねん」
あおいは決意したみたいに、しっかりとした声で私に向かって言った。それは紛れもなく私に向かって発せられた言葉だったのに、なんだかリアリティに欠けていた。
「オレ、今はバイクのことしか考えられへんねん」
「バイク?」
「うん。バイクのこと、好きで」
バイク? ともう一度訊いた。
「うん、そうバイク。ええと、オートバイ」
うん、知ってる。バイクがオートバイってことは知ってる。
確かに、あおいがバイク好きなことは知っていたけど、私に、ごめん、と前置きしてまで改まって、バイクが好きやったって告白されるほど好きやったなんて、ほんま、知らんかったわ。
―――誰? こいつ。
「まいちゃんのことは?」
「ああ、うん。バイクの次に好き」
「なるほど」
「それで、もうここに来なくていいんで。このまま時間が経って、もし絹夏さんのことを思い出したとしても、バイク以上には好きになれそうにないし」
「むーん」
きっと、母親の入れ知恵だろうと思った。何者かわからない私に大事な息子の周りをウロウロされたくないのだろう。母親にとっては、まいちゃんのほうが、息子には合っていると思ったのか。
「なに? むーんって」
「知らんよ。こっちが訊きたいわ」
あおいは間の抜けた顔を私に向けた。バツは悪そうだったけど、その様子は無慈悲だった。私の気持ちにこたえられそうにないってなに? 私はキミに何かを求めたことなんて、一回もないわ。
「面白いこと、言うね」
「面白い?」
「うん、今までで一番うけたわ。やっぱ、私を笑わせるために命をかける人やってんな。なかなかやるやん、褒めたるわ」
「何? どういうこと?」
あおいは戸惑うように、太陽の光で薄くなった瞳をくるくると動かしていた。
ここにいるあおいは、私の知っているあおいじゃない。私の知っている、ヘタレのあおいは、もうここには存在しない。




