第40話
キャンパスを担いで、あおいのもとに走った。身体中、絵の具と油と汗の匂いで充満していた。でも気にしなかった。すぐにでも、あおいに私の描いた絵を見てもらいたかった。私たちの大切な時間がここにあることを、証明するために。
病室に行くと、あおいが立ち上がっていた。
「すごいやろ。立てるようになってん」
あおいは満面の笑みを浮かべて言った。頭の包帯も取れていた。どのくらい私は、ここに来なかったのかわからないけれど、あおいはそのことについて何も言わなかった。私がいてもいなくても、あまり問題ではなさそうだった。
「さすがに、やっぱ後遺症はのこるんで、足をひきずって歩くことになるでしょうって言われたけど」
でも、オレのことやから、きっとそれも克服するやろうな、と自信満々の表情を浮かべた。
―――誰?
「絹夏さん」
振り向くと、お母さんが立っていた。
「あなた、大丈夫やったの? しばらく来はれへんから心配しとったんよ」と、あまり心配してなさそうに言った。あおいから聞きたかった言葉は、お母さんから聞くことになった。私は、ぼんやりしながら、大丈夫ですよ、とこたえた。
「えらい大きな荷物持って、どないしはったの? これ」
そう言って、私の絵を奪い取ろうとしたので、私は慌てて後ろに隠す。お母さんは、不愉快そうな顔をした。まいちゃんがあいかわらずけたたましい音をさせて入ってきたとき、お母さんはあおいに目配せをした。
あおいは唇を結んで決意したみたいにうん、と頷いた。お母さんは、黙ってまいちゃんの背中を押して部屋を出るようにうながした。まいちゃんは不満そうに唇を突き出していたけど、渋々部屋を出ていった。
お母さんとまいちゃんが病室から出ていって、あおいと二人きりになってから、
「なんか、言いたいことでもあるん」と聞いたら、わかった? と言った。
「そらわかるやろ。なに?」
あおいは言いにくそうに、うーんと言って、目を細めた。ああ、その癖。
「私のこと、そろそろ思い出してくれた?」
私の心臓は高鳴っていた。
「いや、ごめん」
「なんで、私のことだけ、思いだせへんの?」
「なんでやろ」
「しっかりしてや。悲しいやん」
「せやけど、前頭葉、ごっそりなくなってるんやで、そらしゃあないこともあるよ」
あおいは面白そうに笑った。




