第39話
お風呂で、改めて自分の身体を見て驚いた。肋骨が浮き上がって、手足もガリガリに瘦せていた。爪も土色になって、頬もげっそりこけていた。病室にいるあおいよりずっと病人みたい。
部屋の中を見渡してみると、あちこちに埃が積もっていた。何もしなくなってからどれくらいの時間が流れたのだろう。そういえばクマゼミの鳴き声も、もう聞こえない。
すっ裸でずぶ濡れのまま、部屋の中を歩き回った。身体からぼとぼと流れる雫の落ちる様を見ていたら、急に絵を描いてみたくなった。頭の中がからからに渇いて、私は何も考えることができなかった。ただ、衝動だけが私を支配する。
押し入れの奥にしまってあった、絵の具を久しぶりに取り出した。二十号のキャンパスも出してきた。学生の頃、地域の展覧会で賞をもらったことのある作品。繊細でカラフルに描かれたイラストをしばらく眺めてから、黒い絵の具で塗り潰していった。私の過去は、みるみるうちに消滅。
パレットにカーマインレッドを絞り出す。長い間、使用していなかったので、チューブの口に絵の具が固まってなかなか出てこない。諦めずに思いっきり力を込めて、チューブを絞る。ようやく中身は全て絞り出され、チューブは小さく丸められた。
持っていたカーマインレッドの絵の具は全部、そうやって中身を絞られ、次々と丸められてゆく。古い絵の具の染みついた木のパレットは、大量の新しいカーマインレッドの真っ赤に染まる。
黒いキャンパスに、カーマインレッドを重ねる。鳥肌がたった。その夜に、私たちの姿がある。鋭い光を放つ灯台。ロケット花火が哀愁を漂わせながら、波間に消えていく音が聴こえた。
重ねる。僅かな油で溶かしながら、何度も何度も繰り返し、カーマインレッドを重ねて。すっ裸のまま切り取られた、あの日の夜をひたすら描いた。




