第38話
それでも病院に通うのはやめなかった。毎日、毎日、通い続けた。もう仕事も大澤さんも、日常ですら、なにもかもどうでもよくなっていた。あおいのお母さんがどんなに迷惑そうな顔をしていても、関係ない。
あおいは私が現れると、ちょっと嬉しそうな顔をするようになった。私のことはあいかわらず、何ひとつ思い出すことはなかったけど、きっといつか思い出してくれるだろうと、根拠もなく信じることにした。
「事故にあった時のことは覚えてんの?」
「いや、あんまり。でも、道路の真ん中で、大の字で寝っ転がってるとき、空がきれいやなあ、って考えてたと思う」
「どんな空?」
「真っ赤な空」
「真っ赤?」
「うん、真っ赤やった、確か」
「でも、朝じゃなかったはずやんね、その時間帯って、確か」
あおいは何か考えるときにするいつもの、ちょっと首をかしげるポーズをしてから、「そうやな」と言った。そして、何でやろ、と私に聞いた。
「知らんがな」
そして、確か、夜やったような気がするな、でも真っ赤な夜って、そういや変やな、と独り言のようにぼそぼそと呟いていた。
「管理人は現れへんかった?」
「管理人?」
「そう、神様の管理人。お前、何をしてるんだ、って言われへんかった?」
「なに、それ? 神様が迎えにきたら、そこでもう死んでるやん」
あおいはそう言って、微かに笑った。私も、そうやね、と言って一緒に笑った。
私が毎日来るので、まいちゃんも毎日現れるようになった。アルバイトも辞めたようで、大学もしばらく休むと言って、お母さんに「私がいるから安心してね」と伝えていた。
それでも私のほうがいつも先に到着していて、寝坊気味のまいちゃんは、いつもぐらぐらと不安定な身体を揺すりながらやって来ては、私の姿を見ると、いつも顔を歪めた。
歩くたびに、カンカンとやかましいサンダルの先は、少し破けていて、まつ毛とかマニキュアとかはきれいにつけているだけに、よけいにだらしなさがクローズアップされる。
それでも、お母さんはまいちゃんが来るとほっとするようだった。
まいちゃんは、あおいのそばにいた私を押しのけて、あおいの手足を濡れタオルで拭いた。ぽっちゃりした体型には力強さがあって、私なんてすぐに弾き飛ばされてしまう。
まいちゃんの後ろ姿は、だらしない豚みたいだった。あおいは「まいちゃんにこんなことしてもらえる日がくると思わんかったわ」と嬉しそうに言う。
「気持ちいい?」
「うん、めっちゃ気持ちいい」
そしてあおいは、いつもありがとう、とお礼を言った。
「気にせんといて。私、こういうこと好きやし、あおい君のためやったら何でもできるし」
オレンジがかったLEDの柔らかい光が、あおいとまいちゃんとお母さんを包んでいた。弾き出された私は、まるでつまらない映画を観ているみたいに、その光景を無感情に眺めていた。
真っ赤な夜はね、私たちが過ごしたあの夜のことだよ、とあおいに教えてあげたかった。




