第37話
「しっかりしなよ。絹夏が倒れちゃったら、あおい君、困るじゃない」
うん、わかってる。里香は電話の向こうで、それにしてもまるでドラマみたいな展開だね、と話した。私も本当にそうだと思った。私がなんとか、自分が自分でいられるのは、里香と話している時だけだった。
「里香、どうしたらいいかな」
「それは、自分で考えなきゃ。苦しくても自分の気持ちがどこにあるのか、ちゃんと探して。もう誤魔化してちゃダメ。自分に正直になる時だよ」
正直に。私は、何を誤魔化しているんだろう。あおいに対するこの想いの正体って、いったいなんなんだろう。
オレンジ色のチュニックにモスグリーンのプリーツスカートを合わせて、病室の前に到着すると、中から、何人かの笑い声が聞こえた。私は、思わず震えて胸を抑えた。手が震えて身体が硬直して動けない。お母さんの声じゃない、まいちゃんの声じゃない。
あれは、あの声は、あおいだ。
久しぶりに聞くあおいの声。なのに、怖くて、うまく身体を動かすことができない。貧血で目がかすむ。本当だ。やっぱり人間はちゃんと食べないとダメだ、体に力が入らないと考えていたら、扉が開いた。
「絹夏さん、大丈夫? あおいね、話せるようになったんよ。顔、見てあげて」
お母さんは、私の手を引いて中に引き入れてくれた。私は、ロボットみたいに体をかくかくさせながら、通い慣れたはずの病室を、はじめて案内されるみたいにして入っていった。あおいはベッドの上に座っていた。
「ひ、久しぶり」
まいちゃんはあおいの横に立って、私のことをバカにしたように笑っている。あおいは私の顔を黙ったままじっと見つめていた。そして、まいちゃんとお母さんの顔を交互に見て「誰?」と言った。
「絹夏さんでしょ、何言うてんの」
お母さんは、顔を真っ赤にして慌てて言った。私に気を使うというより、息子の失態を隠そうしている感じだった。
「やっぱり、記憶がちゃんと戻ってへんのやね。しゃべれるようになったのも、本当は有り得ないって、今朝、先生もおっしゃってはったんよ」
お母さんはいいわけをしながら、助けを求めるようにまいちゃんの方を見る。まいちゃんは「私のことは思い出してくれたんだよね」とあおいを見て言った。
「当たり前やん、まいちゃんのことは、よう忘れへんよ。強烈やもん」
「ええ~、強烈って何よ、どういう意味い?」
あおいは傷だらけで包帯ぐるぐる巻きにしたまま、笑っていた。笑顔も久しぶり。そうか、この人はこんなに風にしゃべってこんな風に笑うんだったな、と思った。爽やかな笑顔は、私に向けられることはなかった。
私の居場所は、ここにはない。




