第36話
それから、毎日欠かさずに病院に通った。毎日おしゃれをして、天井を見たまま、何も話さないあおいに会いに行った。
あおいのためにリンゴを剥いて、食べやすいようにすりおろした。あおいは何もしゃべらないけど、スプーンを口元に持っていくと、ちゃんと口を開けて食べた。食べるところを見るたびに、ほっとした。この人は、この身体は生きているんだと思った。生きていて、生きようとしているんだと思った。
そして、力のない手や足や顔や胸元を、硬く絞ったタオルで拭いた。浅黒いあおいの肌は、私に拭かれるたびに、どんどん磨かれて陶器のように滑らかになっていく。そのうち、これは私が丹精込めて創り上げた作品だと思うようになってきた。
顔に残っていた黒ずんだ内出血の跡も、次第に薄くなっていった。
私が病室に入ると、表情は変わらなくても喜んでいるのが伝わってきた。私たちには、もう、言葉は必要ない。「おはよう」や「また明日ね」の代わりに、私はあおいの透きとおった瞳と私の瞳を合わせて微笑みあった。
そのうちお母さんも、いろいろ任せてくれるようになり、交代で世話をするようになった。時々まいちゃんが顔を出すけど、まいちゃんはその様子を横で見ているだけ。
それ以外の日常は、何もできなくなってしまった。会社もずっと行かなかった。時々、大澤さんがたずねてきてくれるけど、ひと言もしゃべらなかったし、食べろと言われるまで何も食べなかった。あおいのそばにいない間は、自分が何をしているのかわからなかった。
起きているのか眠っているのかさえ、記憶にない。ふわふわとずっと夢の中にいるみたいだった。
大澤さんは、どう思っていたのかわからなかったけど、何も問い詰めようとはしなかった。ただ悲しそうな顔をして私を見るだけ。
―――あの日、私は、なんで眠ってしまったんだろう。
「こんなに毎日じゃ大変でしょう。あなた、ちゃんとご飯は食べてるの? 顔色悪いわよ」
私の肩に手を置いて、お母さんが優しく語りかけてきた。とても優しい声だったけど、そこには隠しきれない警戒心が潜んでいた。
こんなに歳の離れたわけのわからない女が、息子のそばからずっと離れないんじゃ、そりゃあ不気味だろうと思った。私が親でも、きっと同じ感情を抱くだろう。
だけど、どうしようもない。自分でもわかっているし、ちゃんと周りの状況も理解している。だけど、どうしようもない。
この時、私とあおいは、繋がっているんだと確信した。
恋人だとか親友だとか、そんなくだらない言葉では表現できない、私たちの関係を、誰も邪魔することなんて決してできない。




