第35話
けたたましい音がして扉が開き、細いヒールの音が部屋中に鳴り響いた。
「おばさん、あおい、意識戻ったって?」
「ああ、まいちゃん。そうなんよ。でもまだなんかぼんやりとして、わかってんのか、わかってへんのか。しゃべられへんみたいやし」
下品なヒールの音は少しためらうようにたたらを踏んで、様子を伺うような気配に変わる。私はその間もずっと、あおいから目を離さなかった。
「ああ、絹夏さん」
呼ばれたので、顔をあげた。でもそれは条件反射のようなもので、その時私を呼んだ人が誰なのかとか、そんなものはどうでもいいことだった。
まいちゃんは不愉快そうにして返事を待っていたようだけど、私が何も言わないので、軽いため息をついたあと、あおいのお母さんのほうに振り向いた。そしてお母さんに、よかったですね、とりあえず、よかったですね、と涙声で繰り返していた。
お母さんもそれで少し緊張がほぐれたのか、ぐっぐっと鼻とか喉を鳴らしながら、抑えるようにして泣いていた。
あおいのきれいな顔は傷だらけになっていた。左の瞼は青く腫れ上がっていて、丸い鼻の頭にも深い傷がついていた。唇にも血が滲んでいた。
あおいが事故をしたのは、あの日。私たちが一睡もせずに、灯台を見に行った、あの日の帰り道だった。前から来た居眠り運転のトラックをよけきれずに、正面衝突したらしい。
「あおい、あおい! ねえ、あおい。私、わかる? あおい」
何度も呼んだ。でも、あおいの瞳には何も映ってはいないようだった。うつろな瞳は、ずっと遠くのなにかを見ていた。
「やめてあげてくださいよう。あおい君、意識戻ったとこやのに」
そう言って、まいちゃんは私をあおいから引き離す。病み上がりの私は、馬鹿力のまいちゃんには、とてもかなわない。
涙は、ひと粒も出なかった。




