第32話
私の鈍い頭がのろりと回転し、ようやくあおいの勤め先に電話をしてみることを思いついた。まだ朝が早かったので、誰も出ないだろうと思ったけど、なにもせずにはいられなくてかけてみた。やっぱり、時間外だというメッセージが流れるだけだった。とりあえず、10時になるのを待つことにした。
改めて、私はあおいのことをなにも知らないんだと思った。あおいの住んでいるところも知らないし、独り暮らしだろうと勝手に思っているだけで、ちゃんと聞いたことがなかったので、本当にひとりで住んでいるのか、誰かと住んでいるのかもわからなかった。私たちは、毎日、いったい何をしゃべっていたのだろう。
「三宅葵さんは、いらっしゃいますか」
「三宅ですか? 三宅は………」
そう言って、電話の向こう側の若そうな男性は戸惑ったみたいにして、手で受話器をふさいだ。ふさいだ手の向こう側から、こもった声で、三宅さんって、今日も休みっすよね。ああ、はい、そらそうですよね。という声が聞こえてきた。
「三宅は、休みです」
電話口の男は改まった口調で、そう告げた。
住所を教えてもらうわけにはいかないかと、その男に訊ねてみたが、男は急にぞんざいな口調に変わって、個人情報だから無理ですと言った。私の心臓はひっきりなしに鳴り続けている。もうなにも聞くことがないのなら、といった様子で電話を切ろうとした男に、「まいちゃん、ええと、じゃあ、まいさんに代わってもらえますか」と慌てて言ってみた。電話を切られてしまったら、なにもかも失ってしまうような気がして必死だった。
男は、まいさん、ああ、と言ってから、少しほっとした感じで、少しお待ちください、と保留音に切り替わった。まいちゃんは私のことは気に入らないみたいだったので、出てくれるかどうか不安だった。もし、出てくれないのなら、店の前で待ち伏せするしかないな、と興奮気味に決意を固めたとき、「はい」と、不快そうなまいちゃんの声が聞こえた。
「まいさんですよね。あおい、あの、三宅さんの居場所、教えてもらえませんか」
まいちゃんは、電話口で黙っている。黙っているけど、そこには、張りつめた緊迫感があった。どうやって獲物を一撃で仕留められるか、と様子をうかがっている野獣の気配のように感じられた。




