第31話
「大丈夫かい」
目を開けると、大澤さんがいた。
「連絡が取れなくなったから心配になってさ。予備の鍵のありかを、以前君が言ってたことを思い出してね。勝手に入らせてもらったよ」
ぼんやりとした頭で、大澤さんの声を聞いていた。大澤さんは照れたようにしてベッドに腰かけて、お粥を私の口に運んだ。私は条件反射のようにして口を開ける。
大澤さんは愛おしそうに私を見る。
「おいしい?」
黙ってうなずいた。
「こう見えて、きっと家事は君より上手いと思うよ」
確かにそうだろう。大澤さんは家庭を養うという義務のもとに生きている。私のように、自分のことだけを考えていていい訳じゃない。もうそうやって何年も誰かのために生きてきたんだから。
私の身体が、分解されて粒子になっていく。さらさらと流れて、カーテンの裾を微かに揺らすだけの風に乗って飛んでいく。
あおいのもとへ。あおい、どこ? どこにおるん?
「どうしたの? 君」
私の眼から涙がこぼれていた。
「まだ少し休んだほうがいいね。寝なさい」
大澤さんに促されて、またベッドに横になった。声が出なかった。手を伸ばすと、優しい大澤さんの手に包まれた。ああ、この手じゃない、と思った。節のいかつい、温度の高い、しっとりとした、大きな手、大きな手のひら。あおいの手。
「職場のほうには僕から言っておくから、安心して休んでいるといいよ。また、様子を見に来るから、鍵は預かっておくね」
そう言って、枕元にペットボトルの水を置いて帰っていった。大澤さんが来ている時にあおいが来たらまずいな、とぼんやりした頭の中で考えていた。別に付き合っているわけじゃないからいいんだけど。
私のいいわけは、薄っぺらい。
ようやく熱が下がって意識がしっかりしたのは、それから2日も経っていたころのことだった。スマホを見ると、相変わらず、あおいへのメッセージは既読にもなっていない。
さすがに不安になった。電話を鳴らしてみた。手が少し緊張して震える。いつもあおいに電話するときは多少の緊張感があるんだけど、今日は、更に、不安に呑み込まれそうになっていた。
―――この電話は現在使われていないか、電波の届かないところに………。
電話を切って、もう一度リダイヤルした。
―――この電話は現在使われていないか………。
繋がらない。
もう一度LINEを確かめてみた。どんなに見たって、既読にはなっていないし、返信もない。それからも何度も何度も電話を鳴らしてみた。でも同じ女が同じトーンで同じメッセージを繰り返しているだけだった。




