第29話
朝、私たちはまたバイクに乗って朝焼けの中を疾走。初夏を纏う二人は、汗と海水と砂まみれ。
夜中よりも交通量はさらに少なくて、国道は私たちだけ。走り屋たちが騒ぎたくなる気持ちが、この時は少しばかりわかる気がした。
どっちが先だったか、大きな声でうたう。いろんな歌を思いつくまま。そのうち歌なのか、ただ叫んでいるだけなのか、何を叫びたいのかさえわからなくなった。
このままさっき見た、あの鋭いカーマインレッドの空と共に、溶けてなくなってしまうんじゃないだろうか。どこまでも続く国道は、私たちのために未来を切り開いてくれている。
真っ白な空間と、真っ白な空間に挟まれた今日を、私たちはずっと走り続けていた。
マンションの前でバイクが止まった。どこかで犬が吠えている。見慣れたはずの風景なのに、はじめて見た場所のようにぎこちない。紛れもなく私のマンションなんだけど、痺れた脳ミソが、居場所を見失っていた。
「早よ用意して行かな、間に合えへんわ」
自分の声じゃないみたいだと思った。誰かがどこかでしゃべっているみたい。だって、こんなこと言うつもり、さらさらないのに。仕事のことなんか考えたくない。現実すぎて笑える。
「じゃね」
―――違う。
「ありがとう、真夜中のデート楽しかったわ」
違う違う。
離れたくない。ここで帰ってしまったら、絶対、私、後悔する。なのに、行動と意識が乖離している。
ばらばらばらばら。
なんで? 私はヘルメットを脱いで、あおいに渡した。あおいは何も言わずにそれを受け取った。
―――なんか言ってよ、あおい。
私は、あおいに背を向けて、右手をあげた。手のひらを目一杯に広げて、左右にふった。映画のワンシーンみたいに、かっこよくさり気なく。できるだけ嘘っぽくした。隠すために、見つからないように。自分でも知らない自分を。
「絹夏」
振り向くと、あおいがこちらを見ていた。
「呼んだ?」
「うん」
「呼び捨てにすんなや」
ははは、とあおいが笑った。「口、悪いなあ」
「なに?」
「あ、いや。ええわ。また言うわ」
「なにを?」
「うん、また」
「なによ、気になるやん」
「まあ、また、今度言うから」
ヘルメットをかぶったままのあおいが、この時、どんな表情をしているのかわからなかった。私は、このまま、またあおいと一緒にどこかに行ってしまいたくなったけど、「じゃあ、また」といって踵を返した。ちぐはぐな感じがした。
あおいは私がマンションに入るまで見送ってくれていた。エレベーターを待っているとき、バイクの去っていく音が聞こえた。
エレベーターが「チン」と間の抜けた音をさせた。




