第19話
「なんで諦めたん? 漫画家になる夢、なんで諦めなあかんかったん。ねえ、絹夏さん、絹夏さあん」
大雨の夜、あおいがずぶ濡れになって捨て猫みたいに公園でうずくまっているところを回収しに行ったとき、ひどく酔ってろれつの回りきらない舌で、何度もそう言った。
「才能ないからに決まってるやん。もう、めんどくさいなあ」
あおいが突然、狂ったみたいに「助けて、助けて」と何度もメッセージを送ってくるので、半信半疑のまま近くの公園まで迎えに行くと、本当にそこでしゃがみ込んでいるのを見つけた。放っておくわけにもいかないし、仕方がないのであおいの腕を肩に回して、引きずるようにしながら、とりあえずマンションまで連れて帰ってきた。
LINEや電話でのやりとりはあったものの、実物のあおいを見るのは会社を辞めてからはじめてだった。久しぶりに会ったあおいは、死体よりも死体らしかった。
泥まみれで青黒くぐにゃぐにゃとしていたし、胃のものをすべて吐き出したようで汚物まみれになっていて、身体中から強烈な匂いがした。ゾンビでももう少しましだろうな。
夜も遅いし結構な大雨だったもんで人通りも少なかったから助かったものの、あおいはずっと「なんで夢諦めたんですか。なんで、なんで」と大声でしゃべり続けていて、「お願いやから静かにしてよ」と何度も注意しなければならなかった。
幸いにも、誰にも見つからずに部屋に連れて入ることができたから良かったけれど、近所にどんな人が住んでいるのかはよく知らないとはいえ、口さがない人は結構いて、こんなところを見られたら何を言われるかたまったもんじゃない。
とりあえず、死にかけのカマキリみたいになったあおいを風呂場につっこんで、Tシャツを脱がせてから、なんとか自分でシャワーをしてもらった。
風呂から出てきたあおいはさっぱりとした様子で、大澤さんが以前泊まって行った時のスウェットを窮屈そうに着ていた。
「これ、彼氏さんの?」
「うん。あおい大きいから、私のじゃ入らんやろと思って」
あおいは眠そうな目をして、しばらくこっちをじろじろ見ていたが、瞬きを二回ほどしてから、
「横幅は余裕や」と言った。
私はあおいの頭をぐーでどついてから、冷えたミネラルウォーターを渡した。
そういえば、私はあおいのことは何も知らない。この数ヶ月、毎日何度も連絡をとって、毎晩電話で話して、恋人よりも蜜月の私たちではあったが、実際には知らない男だ。時々、あおいは現実に存在するのかと思うことがある。




