第13話
長いエスカレーターを降りていると、ビルの形に切り取られた遠い風景の中に、木の立ち並ぶのが霞んで見えた。そこだけ、やたらと空が広くて、薄い灰色にジョンブリアンを溶かしたような複雑な色をした雲が浮かんでいた。
遠くで蝉が鳴いている。やっぱり、うるさいだけのクマゼミだなと思った。アナウンスの声が反響して何をしゃべっているのか、よくわからない。カラフルで大きなスーツケースを持った、様々な人種が縦横無尽に、色んな速度で行き交っていて、この中に自分も入ってしまったら目標に辿り着くのは永遠に不可能なように思えた。
その海の中を漂うように歩いているところを、里香に腕を掴まれて、久しぶりと声をかけられた。
「それはさ、恋だよ」
里香と会うのは久しぶりだ。どのくらい会ってなかったっけ? と二人で記憶を辿ってみると、どうやら三年くらいは会っていない。だけど、里香はちっとも変わってなかったし、里香からも、全然変わってないねと言われた。
高校の同級生で続いているのは、今はもう里香しかいない。みんな結婚してどこかに行ってしまったり、子どもができたりすると、自然と疎遠になってしまっていた。
里香は今、塚本駅の近くのマンションでひとり暮らしをしているらしく、私が最後に知っている彼氏とはとっくに別れて、今はフリーとのことだった。
里香はすごく美人で頭もよくて仕事もできるけど、仕事も恋もどれもこれも長続きしない。私からすると、わざわざ苦労を自分でしょい込んで生きているようで、生きにくいだろうなと思う。
「恋? いや、それがさ、違うねん」
「ええ~、ほんと~?」
「うん、ほんと」
そう、ほんとに。私とあおいはそんなんじゃない。
「ねえ、あおい君って、どこでバイトしてるの?」
「このあたりの、カフェやと思う」
そう言ってから、少し嫌な予感がした。
「行ってみようよ」
言うなり、里香はさっさと伝票を持って立ち上がって、レジに向かって歩いていった。
久しぶりに里香に会いたくなったのは、だけど、あおいのせいかもしれない。
誰かに話を訊いてもらいたかった。あおいのことを。あおいという人のことを。自分でも解決できない私の気持ちを。
でもこんな話、うかつに誰にでも話すわけにいかない。私の知人リストを頭の中でずらずらと並べてみたけど、きっと誰に話しても変に誤解されてしまうだろうし、誤解されたらとても面倒な人たちばかりだ。
そしてその誤解を上手く解く話術を、私は持ち合わせていない。




