第11話
マンションの前にタクシーが止まったと同時に、スマホが鞄の中で振動した。
気づいていないふりをして、そのままタクシーを降りようとしたら、奥にいた大澤さんに腕をつかまれ強く引っ張られた。バランスを崩した私の体は、大澤さんの大きな胸に吸い込まれるようにして倒れ込んだ。
運転手を気にするようにしながら、大澤さんが私を強く抱きしめる。鍛えられたがっちりとした腕が、小さくはない私の身体をすっぽりと包み込んだ。人前でこんなことをする人じゃないので、驚いて、大澤さんの顔を見たら、怒っているような悲しんでいるような、複雑な表情をしていた。
すごく息苦しくなって、顔をそらして、何事もないかのように「おやすみなさい」と言うと、またいつもの優しい声で「ああ、おやすみ」と言って力を緩めてくれた。大澤さんからは、お酒と煙草と、いつもつけているきつい香水の匂いがした。
タクシーを見送ってから慌ててスマホを取り出すと、電話はもう切れていた。あおいだった。私はなぜかむしょうにあおいに会いたくなった。
部屋に戻ってからかけなおそうと思いながら、気がついたらエレベーターの中で、もうリダイヤルボタンを押していた。一刻も早くあおいの声が聞きたくて、あおいの顔が見たかった。手が小刻みに震えていた。迷惑そうな声だったら、どうしようとか、何の用事? って訊かれたら、どんな面白いボケをかましてやろうとかそんなことが、頭の中をぐるぐる駆け巡る。
でも結局、20回くらいコールしたのにあおいは出なかった。私は腹が立って、もう二度と電話なんてしてやるもんかと思った。そう心に誓ったのに、気がついたらまた、リダイヤルボタンを押している。
部屋に入って電気もつけずに、スマホをテーブルに置いたままソファに座った。肘掛けのほうを見ると、爪を切る時の微かに触れるあおいの手の感触を思い出した。
あおいの汗の匂いがする。気のせいかもしれないけど。
乾いた風がさらさらと私の顔を撫でていった。慌てて出てきてしまったせいで、窓を閉めるのを忘れていたらしい。レースのカーテンがふわりと膨らんで、クラゲのように見えた。
外灯が柔らかく流れるように部屋を満たしていく。
だけど、いつまでたっても光は溜まることなく、ぷくぷくと海の底に沈んだような息苦しさと、心地よさに包まれていった。




