21話 閑散
カランカランと音を立てて、喫茶店に入店する。
すぐに、店員の一人が気づく。
「いらっしゃいませ~、あ、愛ちゃん!」
はっとした表情を浮かべて、愛に近づいてくる。
「はい。お久しぶりです」
「カウンターに座って? 店長、呼んでくるね」
店員は奥に進んで行った。平日であるからか、愛の他には客はいなく、しんとしている。
店内bgmも特に無く、静かだが風情のある店だ。
「柏原さんか。帰ってきてたんだね」
奥から二人が戻ってきた。
店長――郡上祐介――と、店員――深沢叶――は、愛が数ヶ月前まで働いていたこの喫茶店の同僚だ。
「店長、元気そうですね」
愛はにこやかに挨拶する。
「元気でないとやっていけないよ。柏原さんも元気そうで良かった」
「そうですね。すみません、お土産は買ってきてなくて」
「いいよいいよ。気にしなくて大丈夫」
叶は手をパタパタと振る。
「それよりも傘見! どう?」
叶は愛に顔を近づけた。
「いいところですよ。宿の仲間も優しいですし」
「いいなぁ。私もそういうところに行ってみたいな」
店長が冷えたオレンジジュースを持ってくる。
「はいよ」
「ありがとうございます」
愛は二人に傘見での出来事や三人のことを話した。
愛がここに来た頃には強く指していた日差しも、もう落ち着いている。
「へぇ、傘見、ますます行ってみたくなっちゃった」
「機会があればぜひ。私は、そろそろ帰りましょうか」
「ねえ、愛ちゃん、今日って時間ある?」
飲み干されたグラスを洗いながら、叶が尋ねる。
「ええ、まあ」
「じゃあ、後で私の家来てよ。久しぶりにチェス指そ」
「いいですね。店長、オレンジっていくらでした?」
愛はショルダーから財布を取り出そうとする。
「大丈夫だ。お会計は君の話で支払済みだよ」
「いいんですか? そんなに余裕があるようには見えないんですが」
愛がここにいた一時間ほど、やってきた客は常連の三人だけだった。
「どうも、柏原さんが辞めてから客入りがちょっと減っちゃったみたいなんだよね」
「そうなんですか? 近くに別の喫茶店でもできてしまったのでしょうか」
客入りが減ったのはどうしてだろう、と愛は思案する。経営に詳しいわけではないので、答えは見つからない。
「愛ちゃん人気者だから」
愛を茶化すように言った。
「どういう意味ですか? それ」
「いいからいいから。七時くらいに来てよ」
愛の背中を押して、出入り口に誘う。
「わかりました。また、後ほど」
「ありがとねー」
愛は喫茶店を後にした。
◇◆◆◆◇
「なので、先に夕食を摂ろうと思っていますが」
愛は叶に誘われたことを愛美に説明した。七時に来るように言われたので、愛美より先に食べる予定なのだ。
「そんなにかかるの?」
「わかりません。チェスを指すので」
「出前でもとろうか。八時くらいに届くようにするね」
愛美は少し思案して言った。
「……? 一緒に食べるつもりですか?」
愛は愛美の言ったことを不思議に思う。いつも遅い時間に食べていたので、わざわざ時間を合わせて食べるのは不自然だからだ。
(別にいいけど……)
「言うまでもないでしょ。久々に妹といれるのは楽しいじゃん」
「はぁ、とんだ変態ですね」
呆れてため息をつく。姉のこのような傾向は慣れきっている。
「褒めなくても」
愛美は顔を赤くする。
「褒めていません。それで、仕事はどうなんですか」
この会話を嫌に感じ、別の話題にすり替える。
「うーん、ぼちぼちって感じ。前とあんまり変わらないよ」
愛美は近くの美容院で美容師をしている。手腕を店主に買われて、若手の美容師になった。
「そうですか。変わらないようなら良かったです」
「愛も髪切ったら? 染める?」
茶色のインナーカラーをなびかせて、愛を誘う。
「遠慮しておきます。伸ばすつもりですから」
「まあ、伸ばしても可愛いもんね」
「褒めても何も出ませんよ」
「それより、夕食どうする? ハンバーガーにする?」
愛美もフローを持っていないので、スマホで注文画面を開く。透明なケースには愛と自身の写真を挟んでいる。
「お腹空いているんですか。太りますよ」
「あはは。そうだね。でも、愛こそ太ったんじゃない?」
愛美は愛の腹を覗く。さらに、愛の着ている黒いシャツをめくろうと手を伸ばす。
「ちょっとやめてください。失礼ですよ」
愛にも思い当たるフシがあったので、余計に不快になる。
宿暮らしをしているときは毎食豪華な食事だったので、それが原因だろう。
と言っても、ふくよかとは形容できない。それでもスレンダーな体型だ。
愛美が伸ばした手を勢いよく叩く。
「痛い〜。何食べる?」
「私、作りましょうか?」
ここにいたころはよく料理を作っていたが、宿のほうではほとんど作らなかったので、久しぶりに作りたいという思いからだ。
勿論、姉の健康を思ってのことでもあるのだが。
「え? いいの?」
驚嘆し、目を丸くする。愛がそんな提案をするとは思わず、意表を突かれた形だ。
「手伝ってくださいよ?」
「勿論。愛が料理作ってくれるなんて思わなかった。嬉しい」
両手を上下に振って喜んでいる。
「仕方ないですよ」
愛のその顔には嫌気は一つも浮かんでいなかった。
人物紹介
深沢叶
郡上の店でバイトをしている。
愛とは同い年だが、違う学校に通っていた。
妹がいる。




