19話 優しさ
「ただいま……」
あの三人といるときには考えられない、とても小さな声を出して、りんは家へ帰ってきた。
リビングに入ると、りんの父がいた。窓の外は、もう暗くなっている。
「りん、帰ってきたのか。母さんは仕事だぞ」
りんを認識するなり、そう言った。
「これ、お土産。お母さんにも渡しておいて」
リビングの机の上に放り投げる、小さな二つのキーホルダー。
「宮城は楽しいか?」
父は真剣に、りんの瞳を見て聞いた。
「此処よりは」
そんな質問に、りんは遠回しに返す。
構ってほしくないような、りんの素っ気ない態度には、父も目を背けてしまいそうになる。
「良かった。りんにはもっと、楽しいことをたくさんしてほしい。こんな事になったのは父さんたちのせいなんだ」
りんの父はこれをよく言う。自身とりんの母の決断を大いに後悔しているのだ。
「プリン、冷やしてあるよ。食べるか?」
「うん」
りんはそんな父の優しさには気付いている。冷たい態度で返しているのは良くないとも思っている。
それでも、変えられない。
りんの弱いところだ。
冷え切ったプリンは親子の関係のようだ。少しの甘さはあるが、カラメルがとても苦い。
りんはスプーンで一口づつ、プリンを掬って食べた。
りん自身も今の親子関係になってしまったことに後悔している。
もっと自分が努力すればよかったのだ。もっと馴染めるように会話をすれば良かったのだ。先生に相談して、仲良くなれるように聞けばよかったのだ。と、後悔が頭を掻いて離れない。
どれだけ考えても、過去は変わらない。
「はぁ……」
不意に、ため息が出てしまった。
それを聞いた父親が気を利かせて呟いた。
「今から買い物に行かなきゃならないんだった。そうだ、りん、何か食べたいもの、あるか?」
不器用なお父さん、とりんは思う。
「カレーかな」
「わかった。行ってくる」
◇◆◆◆◇
近くの公園に来てみた。
お母さんには会いたくなかったから、朝早くに出た。
夏休みなら、ラジオ体操をしていそうな天気。少し暑い。
一つだけのベンチに腰掛けて、静止したブランコを眺める。
恐ろしいほどに、静かな時間が流れる。
平日であるからか、人は殆どいない。私の通っていた学校の、聞くのも嫌になったチャイムが鳴る。
……どうしてこんなことをしているのだろうか。
周りはきっと賢くて、働いている人もいれば、進学して勉強している人もいるだろう。
結衣ちゃんみたいに、親の手伝いをしっかりやってる人もいると思う。
それなのに、私は何もしていない。
誰の貢献にもなっていない。誰のためにも動けていない。
私は堕ちぼれている。だから、誰よりも多く動かなければならない。
どうして何もかも嫌になってしまったのだろうか。
理由を考えても仕方ないか。
ここに引っ越してきたとき、私にほんの少しでも勇気があれば、もっと豊かな人生になったのだろうか。
良くないな。
結局傘見では、“あの人”は見つからなかった。私が探そうともしていないのが悪いのだが。
私を救ってくれた“あの人”は、一体何処にいるのだろう。
人物紹介
相模洋
りんの父。
近くの製薬工場で働いている。
りんには申し訳なく思っている。




