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千年の森の魔女と魔法の剣  作者: 叢咲ほのを
第5章 北国の眠り姫
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91.受け継がれる想い

 フローレンスが長い眠りから目覚めた朝、フローレンスの部屋に館にいる者全員が集まり、その目覚めを祝福した。そして一同の話が、インフェルノとフローレンスの母の話になった。


「そうだインフェルノ、フローレンス。病院建設こそ、お前たちの母の願いだと私は思う。お前たちの母は、フローレンスを生んでまもなくして病気にかかって亡くなったが、もしかしたら神殿で高額な治癒魔法を受けていれば助かったのかもしれない」


「神殿へ連れて行かなかったのですか?!」


 それは当時幼かったインフェルノも知らなかった事実だった。そして貴族である自分の家が、神殿の治療費が払えないほど貧しかったとは思えない。いくら神殿の方針に疑問があったとは言え、母が病気になった時、なぜ神殿に連れて行かなかったのか理由を知りたかった。

 インフェルノの疑問に対し、セドリックはゆっくりと口を開いた。


「その年は異常気象だった。湖の魚が激減し、不漁が続いていた。漁獲量の激減に加え、幾度か起こった暴風雨により農作物も全滅。そしてその年、この国を飢饉が襲った。食べ物を求め森へ行き、魔物に殺される者も多く出た。草や木の根を食べる者や、話すこともはばかられるようなたくさんの悲惨な出来事があった。外国から食料を買い求めようとした結果、周辺諸国でも食料が不足し、食料価格の暴騰が起こった。周辺諸国は共倒れにならないよう、わが国への食料の輸出に制限を掛けた。それでも国民を飢えさせてはいけないと、国王や各地の領主たちは財産をはたいて食料をかき集めた。それでも餓死者が出てしまったのだが、何とかその年を乗り越える事が出来た。妻が病にかかったのはそんな年だった」


 初めて聞く話にインフェルノとユーフォリアは真剣に耳を傾ける。そしてその話を知っているメイドや執事たちは辛そうな顔をして当時の事を思い出しているようだった。


「我が家も領民のために食料を買い集めることに必死になり、金銭的な余裕がほとんどなかった。今でもそれほど裕福な方ではないが、当時はもっと厳しかった。妻は幼いお前たちの面倒を見つつ、領民たちへの食糧の配給などの手伝いをしていた。私は貴族が平民のために汗を流す事に反対をしたのだが、妻はそんな私の意見には耳を貸さなかった。そうして領民たち接することで彼らの現状を知っていった妻は、平民の間に流行り病が広がっている事も知り、病の治療を神殿に依頼するよう私に進言してきた。私は素直にそれに従い、王国内の神殿へ要請した。だが神殿からの返答は、治療に対する寄付金は信仰心であり正当な報酬を払えない者への治療は神への冒涜に当たるためできないという事だった。つまり簡単に言うと、金を払えない者への治療はできないと言うのだ。私がその返答を妻に伝えると、妻は激高した。そして私たちは神殿とは違う、民間の治癒魔術師、医術士を探しまわった。その途中だ。妻も平民の流行り病にかかってしまったのだ。私は彼女に神殿で治療をしてもらう事を進めた。だが彼女は高額な寄付金を要求する神殿の治癒魔法を受けることを拒み、領民と同じ治療を受けると言い出した。その結果彼女は亡くなった。本来そこまで簡単に死に至る病ではないらしいのだが、恐らく食糧難で栄養が足りなかったせいもあるのだと思う。流行り病にかかった領民も数多く死んだ。私は妻を助けられなかった事をひどく後悔した。だが神殿の治療を受けたくないといった妻の気持ちもよく分かった。だから私は、神殿に変わる安価な治療機関を設立してこなかったことを悔やんだのだ」


「それで、今話した病院の設立なのですね」


 そう言うインフェルノにセドリックは相槌を打つ。


「そうだ。誰にでも平等に治療を受けることができること、つまりそんな病院の設立こそ、妻の最期の願いだと思っている。税金で病院を運営するというアイデアは、キルケゴールが考えた。私はその考えに共感したのだ」


「ですが、そうすると今度は神殿側が大いに憤慨するでしょうね。商売あがったりですから。カロネオン卿は神殿を敵に回してもいいと考え、ここまで大規模な計画を進めているのです」


 キルケゴールがセドリックの神殿と対立する意思があることを説明する。簡単に言うようで、それはとても大変なことだというのはその場にいる全員が分かっていた。


「父上。俺にできることがあれば何でも申し付けてください。森の魔獣退治でも、神殿の妨害の対応でも、自分が役に立てることがあれば何でもやります」


 インフェルノはまた一つ自分が知らなかった父の大きな仕事の話を聞き、少しでも父の力になりたいとそう申し出た。セドリックも、インフェルノが国内では比類なき戦闘能力を持つことを知り、そんな息子の申し出を素直に受け入れる。もはや半人前として罵ることはなかった。


「これからおまえの力を借りる機会が増えるだろう。頼むぞ」


 そう声を掛けられたインフェルノは、誇らしい笑顔で頷いた。

 そしてその母の話を初めて聞いたフローレンスも、同じような強い意志を持ってセドリックに話しかけた。


「お父様。私もその病院で働かせてください」


 娘のその申し出にはいささか想定外だったセドリックは、びっくりしながら答えた。


「何を言う。お前はまだ病み上がりだし、元々体も強い方ではない。それに貴族の娘が平民のための施設で働くなどと、おかしなことを言うものではない」


「でも、さっきお母さまも領民のために働いていたと言ったではないですか?私もお母さまのようになりたいです」


「ダメだダメだ!」


「でも!」


 娘は強い気持ちを持って父に申し出たが、セドリックはそれに反対をした。フローレンスは悲しい顔でうなだれる。周りの者は二人の事に口を挟めないでいるかと思われたが、突然口を出した者がいた。


「ちょっと!フーちゃんがやりたいって言ってるんだから、挑戦くらいさせてあげたっていいじゃない!」


 そう大声を上げたのはユーフォリアだった。


「そなたは……」


「挨拶が遅れてごめんなさい。セントラール王国、フィックス領主ブライトン・チェスター・フィックス公爵の娘、ユーフォリアです。私も領内のカフェで働かせてもらってるわ。一般市民の中に混じって働く事は社会勉強にもなるし、知らなかった世界を知る良い経験になっています。貴族の娘だって、他家のメイドとして勤めることもあるし、働いちゃいけないなんてルールはないはず。フーちゃんが病院で働きたいって言うなら、やらせてあげればいいじゃない!」


 セントラール王国は、直接国交はないもののマインステート王国よりもはるかに大きな領土を持ち、強い国力を持つ国である。そして公爵家となれば、当然伯爵であるセドリックよりも身分の高い貴族だ。そんなユーフォリアがカフェで働いているという話に、セドリックは驚く。

 貴族の娘が他家のメイドとして勤める時は、自分より身分の上の家に勤めるのである。身分が下の、ましてや一般市民が通うカフェで働くというのは聞いた事がない。考えられるのは、セントラール王国の貴族制度が崩壊しているのではないかということだけだった。

 ユーフォリアに詰め寄られ、しかし無下に反対することもはばかられてセドリックが困惑していると、そこにニーナが話しかけた。


「神殿による治癒魔法の独占という既存の仕組みを壊そうとしているお前が、既存の貴族制度に囚われていても仕方あるまい?悪い仕組みなど壊すに限る。それに病院の仕事は雑用などの下働きしかないわけではあるまい。フローレンスには魔法の才能がありそうだ。修行させてから治癒魔法使いヒーラーとして勤めさせてはどうだ?」


 ニーナにそう言われ、これまで続いている貴族制度の全てが正しいわけでもないのかもしれないと気づく。そして治癒魔法使いヒーラーは、社会的にも高い地位である仕事であり、貴族が治癒魔法使いになれるのであれば、貴族家としての格も上がる。ニーナの言葉に、自分の想像力があまりに小さかったことに気付かされる。


「なるほど……、しかし娘に魔法の才能があるなどとは初耳です」


 ニーナの言葉を疑うセドリックに、ニーナはどこからともなく魔力測定器を出した。セドリックにその機器の説明をし、フローレンスの潜在魔力を魔力鑑定の魔法で測定する。そして測定した結果は、


「22/22だな。これからの修行次第でどうとでもなる数値じゃないかな?ちなみにバーンが前回測った時は20だ。修行したバーンよりも魔力が高いな。ワハハ!」


「ちょ、ちょっと待てよ!今ならもっと上がってるはずだよ!また測定してくれよ!」


「お前、本当に負けず嫌いだな……」


 インフェルノが、そんなバーンに少し呆れたように呟く。

 そんなやり取りを見ていたセドリックは、少し笑いながら口を開く。


「ニーナ様、それでは娘は修行次第で治癒魔法使いになれるかもしれないのですね?」


 それはつまり、フローレンスが病院で働く事をセドリックが認めても良いという考えに変わったということでもあった。


「なります!私がんばって治癒魔法を覚えます!」


 いつの間にか、娘も志を持った一人の大人になっていたのだと、セドリックは気付く。そしてキルケゴールに話しかける。


「キルケゴール。娘に治癒魔法を教えてやってもらえないか?」


「お安いご用です」


「お父様!」


 母の意思を継ぎたいと考えた自分を認めてもらい、チャンスを与えられたことを喜ぶフローレンス。思わず父に抱き着いて喜んだ。


 ちなみにその後魔力を測定した結果、バーンは30、インフェルノは40、キルケゴールは182だった。

 フローレンスに勝った瞬間勝ち誇ったバーンが、残る二人の魔力の測定結果を聞くたびに大人しくなり、それを見た者たちによって部屋中にクスクスという笑いが響いていた。

 

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