89.心
なんとなくバスク帝国との平和協定を結んできたニーナは、再びフローレンスの元に戻って来た。
「待たせたな」
そう言ってまたフローレンスと一緒にインフェルノの様子を見ようと椅子に座ると、フローレンスは椅子から立ち上がって言った。
「ニーナ様。この度は兄と父のために力を貸してくださりありがとうございました!」
そうして深く深く頭を下げる。ニーナがアルベルトと連絡を取り、連合王国とバスク帝国の間に平和協定を結ぶ手助けをしたため、本来フローレンスの父がいくつもの段階を経て辿り着くべきところまで容易に辿り着いてしまった。それはフローレンスの家族だけではなく、フローレンスが住むこの国にとってもとても明るい未来を照らす光だった。
「そんな大層な話じゃないよ。前にアルベルトに戦争はしない方がいいって話をしたことがあって、それをあの若い皇帝なりに考えて答えを出してくれたんだ。たまたまその答えを聞いたタイミングが今だっただけで、お前の父親のために私が苦労したわけじゃあないよ」
「そんな事をおっしゃられても、魔法で父とバスク皇帝とお話をさせてもらう機会をいただけたのはニーナ様のお力ですし、私たちにとって最良の結果を届けてくれました。本当にありがとうございます!」
頭を下げたまま恐縮しきるフローレンスに、ニーナは別の質問を投げかける。
「まあまあ、そんなことより、映像を見ていて何を感じた?お前の兄の頑張り具合はどうだ?」
「はい!私は……、私はあんな兄を見るのは初めてです。私が眠りについて一年が経ったのですけど、なんだか兄はすごく成長していたというか。バーンさんと楽しそうに話す姿を見て、兄があんな風に笑うなんて知らなかったですし、そして父が兄の頼みを聞いてくれるのも初めてのような気がします」
「そうだな。巨大ムカデを倒したと聞いて、一人前になったと認めてくれたのかもしれないな。若いうちは周りから認めてもらえないことに不満ばかり感じるものだが、あいつのように言う事に結果が付いてくれば、自然と周りは認めてくれるものだな」
「わ……私も!」
「ん?」
「私も兄に負けないようにがんばります!分かってもらえない、じゃなくて、分かってもらえるように努力します!」
「そうか」
もうフローレンスは、現実に戻りたくないと言うことはないだろう。フローレンスの強い意思を持った眼差しを見て、ニーナはインフェルノの行動が彼女の気持ちを変えたことを感じた。
「それなら私は先に現実世界に戻ることにしよう。今夜またお前の兄たちが迎えにくるだろうから、一緒に戻ってきたらまた現実世界で会おう」
「はい!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
父の部屋を出たインフェルノは、ニーナを探したが見つからなかったため、バーンと共に少し遅い昼食を食べることにした。
二人で黙々食事をしていると、考え事をしていた風なインフェルノが突然口を開く。
「バーン。ありがとう」
「ゴフゥ!」
唐突に礼を言われて驚いたバーンは、食べていた魚料理を噴き出しそうになる。ぎりぎりで堪えて飲み込むと、ゴホゴホとむせながら水を飲んだ。
「突然どうした?!」
「お前にフローレンスが見ていた景色を自分でも見てみろと言われて、いろいろと分かってきたんだ。いや、俺が何も分かっていなかった事が分かっただけなんだが。俺は今まで、父の期待に応えることと、妹の幸せを願う事が全てだった。だが今思えば、どちらも自分本位だったんだと思う。妹の気持ちも考えず、自分が妹のために良かれと思っている事を押し付けていただけなのかもしれない。コロボックルが実在していたことも知らなかったし、ましてや妹がポポロと友達だったことも知らなかった。父の仕事の事も分かっていなかったし、父が一人でどれだけ悩みを抱え込んでいたかも分かっていなかった」
いつも口喧嘩してばかりの二人だったが、インフェルノの真剣な話にバーンも真剣に耳を傾ける。
「今夜妹のところに行ったら、まず妹の話を聞いてみようと思う。妹が今までどんな事を考えていたとか、これからどうしたいかとか。夢から連れ戻すことはその後だ」
昨夜のフローレンスを連れ戻す事に焦っていた時とは違い、そこには落ち着いて前を見据えるインフェルノがいた。
「それでいいんじゃないか?彼女が戻ろうと思えるまで俺も付き合うぜ」
「ありがとう。こんな風に思えるようになったのも、巨大ムカデを倒すとき、お前が俺に止めを刺すのを譲ってくれたのを見たからなんだ。お前は今までずっと自分が前に出ようとしていたのに、今回は俺の父の領土だから手柄を俺に譲ってくれた。そのおかげで、工事を行っていた者たちからも一目置かれるようになれたし、父に進言する際にも自分の手柄としてそれを報告できたんだ」
巨大ムカデ退治の際、バーンはインフェルノの補助に回った。これまで競い合って強敵を倒してきたバーンが今回後ろに下がっていたのには実はわけがあった。それはバーンの火球の魔法も、フレイムソードも、どちらも炎を巻き起こす攻撃だからだ。それらの攻撃を森の中でむやみに使うと、炎が木々に燃え移り火事になる可能性があった。炎に包まれた巨大ムカデが暴れまわってしまっては手に負えなくなっていただろう。それに比べてインフェルノの風の魔法と、エネルギー弾のような剣技はそういった心配がない。大きな被害を出さないようにした結果、バーンの出番がなかったというだけなのだ。要するにただ単に相性の問題だ。決してインフェルノの地元だから手柄を譲ってやったというわけではなかった。だがインフェルノが良い方に誤解してくれたので、バーンは何も言わないで置くことにした。
「ま、まあな。手柄を譲ってやったことがバレてしまったか」
「フフフ。相手の立場になって考える事を、まさかお前から教わるとはな。バーン、先ほども言ったが、俺は父の期待に応える事と、妹を幸せにすることが俺の行動目的の全てだ。お前は何のために剣を振るっている?」
改めてそんな話をする機会がなかったため、バーンは少し考える。そして答えられるのはシンプルなことだけだった。
「俺は強くなりたいんだ。ずっとそれが全てだった。小さい時に両親が山賊に襲われて殺された。それ以来ずっと、俺は大切な人を守れるだけ強くなりたいんだ。とは言っても天涯孤独になった俺は、お前みたいに守るべき大切な人がいるわけでもないんだけど」
「そんな事はないだろう?家族はいないかもしれないが、こうして一緒に旅をした仲間や、王国に帰れば友人たちがいるだろう?」
言われて頭に浮かんだのは、騎士団長アーク、シンエモン、ビャクヤ、そしてニーナ、パンドラ、インフェルノ。しかし実際は全員バーンよりも強い。だが大切な仲間だ。そんな仲間を守るためには、自分はさらに強くならなければいけないのだと思った。
「そうだな。みんな大切な仲間だ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その夜。昨夜と同じように、フローレンスの夢の中に、バーンとインフェルノとユーフォリアがやってきた。インフェルノが先頭を歩き、フローレンスの顔を見ると優しく話しかける。
「フローレンス、昨夜はすまなかった。今日はおまえと話をしに来た。目覚めるのが怖かったら無理に戻らなくてもいい。ただ話を聞かせてくれるだけでいい。傍にいさせてくれ」
そんなインフェルノに、フローレンスは笑顔で答える。
「お兄様、私の方こそわがままを言ってすいませんでした。もう大丈夫です。私を夢の中から連れ出してください」
その返事を聞いて驚いた顔をする一同。
「それじゃ俺が転移門を開く……」
そう言ってバーンがフレイムソードを出そうとすると、それをインフェルノが制止する。
「俺にやらせてくれ」
「え?」
フレイムソードには空間を切り裂き、離れた空間と繋ぐ転移門の魔法と同じ事ができるが、インフェルノの持つ魔法の刺突剣にそんな能力があることは聞いた事がないし、インフェルノには転移門の魔法も使えないはずだ。
「装着!」
インフェルノは胸のペンダントに手を当て、オルハリコンの鎧を召喚する。そしてその右手に持つ魔法の刺突剣を構える。
「何をするつもりだ?」
バーンの問いかけにインフェルノは答える。
「この黒い空が、フローレンスの心を塞いでいる壁だ。この空を破壊する!フラッシングフルーレ!」
魔法の刺突剣に風の魔法の魔力を注ぎこむ。そしてその魔力が乗った刺突を目に見えない速度で幾度も繰り出す。その刺突撃はエネルギー弾となって空へ打ち出された。
そしてそのエネルギーがこの夢の中の庭を囲う黒い壁に激突した瞬間、空一面の黒い闇にひびが入る。ひびからは強い光が漏れてくる。そして闇は粉々に砕け散ると、そこには青く澄んだまぶしい空が広がっていた。
そしてオルハリコンの鎧を身に纏ったインフェルノは、フローレンスに手を伸ばす。
「さあ行こうフローレンス!お前の心の壁は俺が吹き飛ばした。この庭を出れば目が覚めるはずだ」
そんな兄を見るフローレンスは、差し出された手をしっかりと掴んで答えた。
「はい!」




