84.インフェルノの迷走
父親の話になりだしてから、眠るフローレンスの表情が険しくなってきた。
「うう……」と、うめき声を上げだした苦しそうな顔のフローレンスを見て、部屋にいるニーナたちも慌て始める。
医者でもあるキルケゴールが、フローレンスの手首を持って脈拍を確認する。
スクリーンに映る夢の中では、インフェルノが無理やりにフローレンスを連れ出そうとした。その瞬間、ベッドの中のフローレンスが激しく痙攣を始めた。
「まずい」
キルケゴールは、フローレンスが舌をかまないよう慌てて口の中に手を入れる。そして『鎮静』の魔法をかけてフローレンスを落ち着かせる。
魔法の光に包まれしばらくすると、フローレンスは落ち着きを取り戻し、再び静かな寝息を立て始めた。
「おまえが来てくれていて助かったな」
ニーナがそんなキルケゴールへの感謝を伝えた時、夢の中のインフェルノは、バーンに連れられフローレンスの元を去ろうとしていた。その映像を見て、恐る恐るメアリーが呟く。
「失敗したのですね……?」
ニーナも想定外だったようで、残念そうな顔をしながら「そのようだな」と、答えた。
「後はユーフォリアに任せて、今夜はそろそろ眠るか?」
そうニーナが提案した時、時計を見ると既に午前4時を回っていた。
「大変、もう日が明けてしまいますね。寝る時間がなくなってしまう」
そう言ったのはメアリーだ。彼女はメイドのため、朝から仕事があるのだろう。そこで3人は部屋を出ることにした。
遠視窓によって映し出されている映像の中では、フローレンスとその横で何も言わずに座っているユーフォリアの姿があった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌朝早く、ユーフォリアの眠る部屋のドアをノックする音が響いた。
その音に起こされたユーフォリアは、寝巻のまま眠そうな顔で扉を開く。
そこに立っていたのは、思いつめた顔をしたインフェルノだった。
「お……おはよう」
その雰囲気に気おされながらも、朝の挨拶をするユーフォリア。インフェルノは挨拶もなく突然がばっとユーフォリアの腕を掴むと、いきなり本題を切り出した。
「昨日は何が悪かったのだ?あの後フローレンスは何を言っていた?!」
「痛い痛い痛い!ちょっと朝から何なのよもう!」
さすがにこれはユーフォリアもイラっとした。ユーフォリアの上腕部を掴むインフェルノの腕を振りほどくと、厳しい言い方でインフェルノに告げた。
「あんたのそういうところがダメなのよ!なんでも自分の思い通りにしないと嫌で、相手の事を考えてないからいけないんでしょ!自分の胸に聞いてみなさい!私はあの後ずっとフーちゃんのこと慰めてたから、寝てたようで寝てないから眠いの。私はお昼まで寝るから!」
ユーフォリアが何を言っているのか理解できず、茫然としているインフェルノをしり目に、バタンと強く扉が閉まる。
閉まった扉の前でインフェルノは、しばらくの間そのまま立ち尽くしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
5分くらいだろうか、10分だろうか、それともそれ以上?ユーフォリアの部屋の扉の前で茫然としていたインフェルノは、突然あることを思い出した。
それはフローレンスを助ける事が出来なかった場合、キルケゴールが妹を殺すという話だ。
昨夜インフェルノは、フローレンスを助けることに失敗した。
それはキルケゴールの件があって焦っていたせいもあるかもしれない。無理やり連れ戻そうとしてしまったため、妹を怖がらせてしまったのだ。
昨夜は失敗に終わったが、慎重にやれば必ずうまくいくはずだ。
だから妹を殺そうとするキルケゴールを止めなければいけない!
昨日、必ず助けると断言した手前、顔を合わせずらいところがあるが、知ったことではない。とにかく奴を止めるのが最優先だ。
キルケゴールの部屋のドアを強く叩くと、中から三角形のナイトキャップをかぶり、ゆったりとしたパジャマを着たキルケゴールが出てきた。インフェルノの顔を見ると、「こんな朝早くからどうしたんですか、坊ちゃん?」と眠そうな顔で出迎える。
そんなキルケゴールに、インフェルノは詰め寄って言った。
「昨夜は焦ってしまっただけだ。妹は必ず助ける。だからまだ待っていてくれ!」
「ま……待ってください坊ちゃん!」
今にも襲い掛かりそうな雰囲気のインフェルノを諭すように、キルケゴールは答えた。
「ニーナさんがすごい魔法使いだってことや、坊ちゃんが本当にお嬢さんを助けられそうだって事は分かりましたよ!私だってお嬢さんを助けられるものなら助けたいんだ。最後まで待ちますよ!」
「そ……そうか。それならいいんだ。」
「分かってもらえたなら、私はもう少し寝させてもらいますよ。」
そう言ってキルケゴールは部屋の扉を閉めた。
インフェルノはまたそこで立ち尽くし、どうしてよいか思案に更けていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「フローレンスがどんな景色を見ていたか、自分で確認してみたらどうだ?」
朝食を終え、ユーフォリアから相手の事を考えていないと言われた事をバーンに相談すると、そんな返事が返って来た。
「同じ景色を見て、彼女がどんな事を考えていたか、おまえも考えてみたらどうだ?」
正直今のインフェルノには、何が正しくて何が間違っているのかも分からない。藁にも縋る気持ちで、バーンの意見に従う事にした。
二人は庭に出て、フローレンスが座っていた椅子に腰かける。そしてインフェルノは、フローレンスがここでどんな事を考えていたのか思案を巡らせる。
毎日の事?家族の事?将来の事?
妹は毎日が幸せだったのだろうか?不安に感じてた事はなかったのだろうか?自分に対して何を思っていたのだろうか?
インフェルノはそんな事を考えてみるものの、やはり妹がどんな事を考えていたのか分からなかった。そんな時、ふと目の前に座っているバーンに目をやると、バーンは庭の茂みをずっと凝視していた。
「どうかしたのか?」
インフェルノがそう声をかけると同時に、バーンは庭の茂みに向かって挨拶するように手を挙げた。
「ん?」
「誰かいるのか?」
インフェルノもバーンの視線の先に目を移す。そこには蓮の葉っぱがあるだけだった。
「ん?」
ふと気づく。なぜそんなところに蓮の葉があるのかと。庭には生えていないはずなのだ。
そして疑問を感じた瞬間、その葉の下に人がいる事に気付く。人という言い方は適切ではないかもしれない。言うなれば小人。
そう、それは身長20~30㎝程度しかない小人だった。




