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千年の森の魔女と魔法の剣  作者: 叢咲ほのを
第5章 北国の眠り姫
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83.失敗

 父の前に立たされているインフェルノは、今日も叱られていた。


「だからお前はダメなのだ!お前は将来この家を継がねばならんのだぞ!貴族家の長男としての自覚を持て!」


「すいません。」


「バカ者がっ!」


 と、叱責されながら殴られる。

 インフェルノは父に逆らえない。

 父の期待に応えられない自分が悪いのだ。自分の努力が足りないのだ。と、常に自分の至らなさを省みるだけだった。

 そんなインフェルノの後ろから、その一部始終を見ている者がいた。


「この人もなかなか重い夢を見てるわね。全く男ってどいつもこいつもこんななのかしら……」


 インフェルノの後ろに立っているユーフォリアが呟く。

 その横に立っているバーンは、彼女の言葉に苦笑いを浮かべるだけだ。


「ユーフォリア?後にしてくれ。今、父に叱られているのだ。」


 二人に気付いたインフェルノはそう呟いた。なぜそこに二人がいたかは深く考えない。


「あんたそもそも、今なんで怒られてるのよ?怒られ慣れすぎて、頭麻痺してるんじゃないの?」


「俺の貴族としての自覚のなさを叱られているのだ。何でお前が怒っているのだ?お前には関係のない話だろう?」


 インフェルノに関係ないと言われ、ユーフォリアの表情は明らかに不機嫌になる。


「そうね!どうせ私には関係わよね!関係のない私があなたの家庭の事情に口を出してごめんなさい!もういいわ。バーン行きましょう。この人と私は関係ないそうだから置いて行きましょう。」


 インフェルノは、不思議そうな顔で二人を見ている。部屋から出て行こうとするユーフォリアを、バーンが呼び止める。


「まあまあ、俺もさっきそうだったけど、すぐには夢の中だって分かんないんだって。インフェルノ。ここは、お前が見ている夢の中だ。お前は今夢を見ているんだ。さあ、今から一緒にフォローレンスを助けに行こう。」


 バーンからそう声を掛けられ、インフェルノははっとする。いつの間にか父セドリックの姿は消えていた。


「そうだ。フローレンスを助けに行くんだった。ユーフォリア、迎えに来てくれたんだな。」


 インフェルノは、今自分は眠っていて夢の中にいるという事を自覚する。

 だが振り返ったユーフォリアは、怒った顔のままだ。


「私には関係ないんでしょ?」


「……すまなかった。さっきは寝ぼけていて。」


 夢の中で寝ぼけているというのも変な表現な気もするが。とりあえずその謝罪で許してくれたのか、ユーフォリアは「行くわよ」と言って、インフェルノの夢の中の部屋のドアを開ける。ドアを開けると、本来廊下があるはずのドアの向こう側は、真っ黒な闇になっていた。


「さあ。」


 そう言ってユーフォリアは両手を後ろに伸ばす。手を掴めという事らしい。バーンとインフェルノは、差し出された手を握ると、ドアの向こうの真っ暗な闇に踏み出すユーフォリアに続いた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ユーフォリアが夢の中でバーンとインフェルノと合流した時、フローレンスの部屋の中には、ベッドで眠るフローレンスの横でニーナ、メアリー、キルケゴールの三人が、それぞれ椅子に座っていた。

 ニーナがユーフォリアに渡したシルバーリングに、遠視窓リモートヴューイングのカメラの役割を果たす魔法が掛けられており、ユーフォリアたちの映像をニーナたちがフローレンスの部屋で見れるようになっている。

 三人と連絡したい時にはニーナから遠隔通話リモートトーキンの魔法で会話をしている。


「この遠視窓リモートヴューイングの魔法というのはすごいものですね。人の夢の中を、このように空中に映像として映し出すだなんて……。こんなすごい魔法は、生まれて初めて見ました。」


 フローレンスのベッドの横、三人の視線の先、空中に浮かんでいる映像を見ながらメアリーが感嘆した。その驚きは魔法とあまり縁のないメアリーだけでなく、かつて神殿に勤め、様々な神官と接してきたキルケゴールにしても同じであった。


「私も職業柄、今までいろいろな魔法を見て来たつもりですが、このような魔法の存在は生まれて初めて知りました。」


 キルケゴールの知る内でも、ニーナほどの魔法使いはいない。インフェルノが連れてきた魔法使いは、伝説でも聞いたことのないレベルの魔法使いなのだと理解する。ふてぶてしい雰囲気があったキルケゴールだが、ニーナの魔法を見て以来、ニーナに対して敬意を持っているようだ。


「そうか。まあ、私も夢の中を映すのは初めてだ。本来少し離れた場所の映像を映す魔法なんだけどな。応用がうまくいったみたいだ。」


 今回の作戦では、ニーナは眠らずにフローレンスの部屋で何かあった時のために指示を出す役割をすることになった。もちろん順調に行けば、ニーナから何か指示を出すつもりはない。

 ユーフォリアがバーンとインフェルノそれぞれの夢に行き二人を連れ、三人でフローレンスの夢に向かう事になっている。今やっと三人が合流したところだ。実際の三人は別々の部屋で眠っているのだが、眠りにつくまで、そして寝てから夢を見るまでに時間がかかったようで、ニーナたちがこうして監視を始めてから、ここまで約三時間が経過している。

 当初ニーナ一人で監視する予定だったのだが、フローレンスの事を心配しているメアリーと、経過が気になるキルケゴールも同席したいと申し出てきたので、三人で監視することになった。


 そしてしばらくして、三人が見ている映像がまた移り変わった。そこには、この家の庭と同じ景色が映っていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 そこはフローレンスの夢の中だった。


「ここは……、家の庭か?」


 見覚えのある景色にインフェルノは呟く。空は星が輝いているが、庭の塀の向こうの景色も空と同じ真っ黒な色をしている。この夢の中は、自分の家の敷地しかないのだろう。


「フーちゃんは、いつもあっちのテーブルの椅子に座ってるの。」


 そう言って案内するユーフォリアに、バーンとインフェルノは続く。

 家の角を曲がると、その先には椅子に座るフローレンスがいた。


「フーちゃん!」


「ユーちゃん!」


 ユーフォリアの姿を発見し、椅子から立ち上がるフローレンス。そして兄の姿に気付き、


「お兄様!」


 そう叫ぶと、フローレンスはインフェルノに向かって駆けだした。

 胸の中に飛び込む妹を、インフェルノは優しく受け止める。

 フローレンスはその胸の中で、一年ぶりに見た兄の顔を見上げる。


「本当に……お兄様なのですね!」


 その目に涙を浮かべる妹に対し、インフェルノは優しくささやく。


「ああ。お前の兄、インフェルノだ。待たせたな。」


 フローレンスはもう一度インフェルノの胸に顔をうずめ、兄を抱きしめる。


「もう……会えないかと思った……。」


 そうして兄妹は、久しぶりに再会を喜んだ。


「よかったわね。」


 泣き顔の友人に、そう声を掛けるユーフォリア。


「ユーちゃん、ありがとう。本当にお兄様を連れて来てくれるなんて。何てお礼を言っていいのか……。」


「いいのよ。」


 ユーフォリアは、笑顔でフローレンスの頭を撫でる。

 フローレンスは、今度はユーフォリアに抱きついて喜びを表現する。


「本当に……、本当にありがとう。」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 兄妹の再会を喜ぶ会話は弾み、すぐにフローレンスを連れ出すという雰囲気ではなくなっていたので、椅子に座って少し話し込んだ。


 フローレンスは、一年間ずっと聞こえていた兄の声が、一か月前から聞こえなくなったことを恨めしそうに伝えた。インフェルノは、お前を助けるために、この仲間を探しに行っていたのだと説明して許しを請う。どうやらインフェルノは妹に弱いようだ。

 フローレンスは自分の不満をぶつけただけで満足したようで、その後はすぐに機嫌を取り戻した。

 そして失われた時間の間、どんな事があったか兄に尋ねる。

 とは言っても、フローレンスが眠りから覚めなくなった一年間、家の時間も一緒に止まってしまったかのようで、特に大きな変化はなかった。ただ外の景色が一周したくらいだ。


「お父様は元気?」


「ああ、父上は相変わらず連合国家議会に出席するため、留守の事が多いが、相変わらずだ。」


「そう……」


「あ、今はちょうど帰ってきているぞ。」


 自分で聞いておきながら、なんだか難しそうな顔をするフローレンス。


「まだ怒られてばかりだが、父上に認められるように努力して、お前にも心配かけさせないようにするからな。」


 妹の表情を伺いながら、何とか笑顔にさせようと、言葉を続けるインフェルノ。だが彼女の表情は曇ったままだ。


「お兄様……。お兄様とお父様は、もう仲良くはなれないのかな……」


「何を言う?決して仲が悪いわけではないぞ。いつも俺の至らないところを厳しく指導してもらっているだけだ。」


 インフェルノの説明を聞いてもフローレンスの表情が曇るばかりか、その目には涙を浮かんでいた。これ以上取り繕うのをあきらめたインフェルノは、フローレンスの手を取る。


「まあ、ここでいくら話してても仕方ない。一緒に戻ろう。夢から覚めてからゆっくりと話そう。」


 だがフローレンスは、インフェルノに引っ張られる事に抵抗をする。


「どうした、フローレンス?」


 フローレンスは何も言わずうつむいている。


「これ以上困らせないでくれ!早く戻らないと……」


 そこまで言って、言葉に詰まる。フローレンスが眠りから覚めないようならば、父があの神官を使ってフローレンスを殺そうとしている。その事は妹には言えない。


「わがままを言うな。行くぞ!」


 妹の手を強く引っ張り、椅子から引き起こす。


「ヤダ!」


 フローレンスは強く抵抗し、握られた手を振りほどいてその場に座り込んでしまった。


「ヤダ……」


 肩が震えている。

 泣いているのだろう。そんな妹の態度に唖然とするインフェルノ。そしてユーフォリアがフローレンスの横に駆け寄り肩を抱きしめて慰める。


「今日は止めておきましょう。」


 そうフローレンスに話しかける。そしてインフェルノに向かって言う。


「先に戻ってて。今日は無理よ。」


「そんな……フローレンス……どうしたというのだ……」


 なぜ言う事を聞いてくれないのか分からず、苦労してここまできたのに妹からの拒絶を理解できず、インフェルノは茫然としていた。

 そんなインフェルノの肩を、バーンが掴み、


「行こう。」


 そう言い、肩を落とすインフェルノを連れて、来た道を戻る。

 去り際、妹に一言告げる。


「また明日来る!」


 この夢の中に入って来た場所に立った二人は、バーンのフレイムソードで切り裂いた空間に開いた転移門ゲートに入り、この夢の中から出て行く。


 こうして彼らは、フローレンスを連れ戻す事に失敗した。



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