82.バーンの過去
※残酷な描写があります。苦手な方は注意してください。
いつもの平和な一日が終わり、家では母が夕食を作っていた。日没まではまだ時間があるが、まもなく父が仕事から帰ってくる頃だ。まだ幼いバーンは、夕食が終わったら今日も父と木の棒でチャンバラごっこをして遊んでもらうのを楽しみにしていた。
料理中の母が構ってくれないので、退屈で木の棒を振り回していると、今日は家の外がバタバタと騒がしい事に気付き、棒の動きが止まる。なんだかひどく嫌な胸騒ぎがしていた。
すると突然、バタン!と大きな音を立てて玄関の扉が開かれる。
そこに立っていたのは父だ!「お帰り!」と言って駆け寄ろうとすると、父は慌てて叫んだ。
「隠れろ!」
次の瞬間、父はうめき声を上げて家の中に倒れ込む。左肩の後ろに矢が刺さっていた。
「隠れるんだ!」
父の指示もむなしく、何が起きているか分からずに立ち尽くすバーンと、父を心配して駆け寄る母。
まもなく別の男が外からやってくる。その手にはボウガンが握られていた。
「隠そうとするんじゃねえよ!」
そう言って男は父を足蹴にする。母が父をかばうように抱きしめ「やめてください!」と叫ぶと、男は母の顔にボウガンを向け、野太い声で呟いた。
「俺に指図するんじゃねえ」
その一言で、母は動けなくなった。
その光景を見ていたバーンも、目の前で起きている出来事が理解できず、一歩も動けなかった。
「大人しく言う事聞いてりゃ、乱暴はしねえ。お前ら外へ出ろ。そこのガキもだ!」
男に睨まれ、バーンは恐怖する。泣きそうになるのを堪え、両親の元へ駆け寄る。父が小さな声で「すまん…」と、家族を守れなかったことを謝った。
村の広場には、他の村人たち全員が一か所に集められていた。それを囲うように武器を持った黒いフードのついたマントを被った男たちが数人立っていた。
肩の傷に苦しそうにする父と、それを心配する母、怖くて泣きだしたかったが、自分が泣いてしまうと両親に余計に心配を掛けさせてしまう。バーンは歯を食いしばって恐怖と戦っていた。
だが同時に集められた村の子供たちからは大きな鳴き声が響き、それに対して武器を持った男たちは黙らせろと怒鳴った。泣く子供の親は、子供の口を押えながら「ごめんね、ごめんね」と、子供に対して謝った。そんな光景を見てさらに恐怖が募り、バーンは母に強くしがみついた。
「これで全員か?」
角の生えた兜をかぶった男が、部下であろう男に聞いた。おそらくこの兜の男がリーダーであろう。
「多分これで全部です。今、空き家っぽい家も確認しているところです。」
「そうか。確認できたら報告しろ。」
「へえ。」
そんな会話の後、遠くから別の男の声が響いた。
「ボス!騎士団だ!俺たちの行動がバレていた!」
別の部下が、そう叫びながら走って広場にやってきた。
「畜生!これじゃ奇襲にならねえじゃねえか!もういい!撤退だ!こいつらは全員殺せ!」
兜の男がそう言うと、村人を囲う男たちは一斉にボウガンを構えた。次の瞬間、両親がバーンを抱きしめ庇うように覆いかぶさった。視界が真っ暗になり何も見えない。両親の身体の重さで身動きが取れない。ただ叫び声やうめき声だけが耳に響いてきた。
村人たちが矢を打たれて殺されている。それは幼いバーンでも十分に理解できた。
「バーン、強く生きろ……。」
「バーン、愛してるわ……。」
両親がそれぞれそう呟いた事は覚えている。何も見えない中、生暖かい液体がバーンの身体に染みてくるのを感じた。その時はまだ、それが両親から流れ落ちる血液だという事が理解できなかった。
バーンは両親の服を握りしめながら、ただただ歯を食いしばっていた。その後、辺りには男たちの怒声と馬のいななき声、そして剣と剣がぶつかり合う金属音などが響いていた。
さらにしばらくして、激しい争いの音は途絶えた。バーンは恐怖で目をつぶり、ただ大人しくしていた。
やがてまた、近くで人の声がした。
「ひどいことしやがって……。」
「生存者はいないか確認しろ!」
「ハイ!」
そして、自分の上にいた両親の重さが突然軽くなる。父の身体がどき、バーンの視界が開ける。
そこには、白銀の鎧を身に纏った騎士がいた。
「大丈夫か?」
騎士に話しかけられ、バーンは歯を食いしばりながら静かにうなずく。
「強い子だ。」
騎士はそう呟くと、バーンの上の母の身体も優しく動かす。
そこで初めてバーンは両親の無残な姿を目にする。
背中に何本も突き刺さった矢と、そこから流れる大量の血液、そして口から血を流して真っ青な色になってしまった両親の顔に浮かぶ苦しそうな表情。
初めて体験する『死』の恐怖に、両手両足がガクガクと震えだした。
と、そこで騎士がバーンの身体を優しく抱きしめる。
「もう大丈夫だ。怖かったな。遅くなって済まなかった。もう少し早く辿り着ければ、おまえの両親も救えたかもしれなかったのに……。」
騎士のその言葉にバーンは何と言っていいか分からなかった。
ただ、村を襲った山賊を、この騎士たちがやっつけてくれた。それだけは理解できた。バーンの中での騎士への憧れ、強さへの憧れが強く生まれた瞬間だった。
「私はセントラール王国騎士団のアークだ。お前の名前は?」
「バーン。」
次の瞬間、それまで堪えていた涙がとめどなくあふれだした。
それまで我慢していたものが、堤防が決壊するかのように感情が止まらなくなった。大きな声で泣くバーンを、アークは泣き止むまで黙って抱きしめてくれていた。
やがてバーンが落ち着くと、アークは再び話しかけてきた。
「バーン。お前の両親が亡くなったという事は理解できるか?」
バーンは黙って頷く。
「どうやらお前以外の村人も全員殺されてしまったようだ。バーン。私と一緒に来るか?」
バーンはもう一度深く頷いた。
幼いながらも、両親がいなくなってしまっては一人では生きてゆけない事も分かっていた。
アークは泣き止んだバーンの頭をなでる。
「まずはお前の両親たちを弔おう。」
そう言ってアークは、周りにいる他の騎士たちに指示を出し始めた。
「バーンさん……、バーンさん……。」
そこに、恐ろしい戦場に似つかわしくない、女性の声がした。
「バーンさん……。」
バーンが振り向くと、そこには十代後半くらいの、貧しい村には似つかわしくないきれいな服装を着た少女の姿があった。
「ごめんなさい、いつ声をかけていいか分からなくて。」
バーンは戸惑った。明らかにその場には違和感のある少女の登場に。なぜこの娘はこんな場所にいるのか?そしてなぜ自分を呼んでいるのか?
「夢の途中で申し訳ないんですけど、そろそろ行きますよ。」
少女はそう言うと、バーンの手を取って行こうとする。だけど自分は両親を埋葬してアークに付いていかなくてはいけないのに……。そう考えていると、突然その少女の事を思い出した。
「ユーフォリア?」
「そうですよ。バーンさん、あんまりにも怖い夢見てるもんだからなかなか声かけられなくてすいません。さあ、フーちゃんの夢の中に行きましょう。」
そうだ。思い出した。これは自分の幼い時の出来事。今自分は、インフェルノの妹を救うために、遠くインフェルノの故郷まで来ていたのだった。
そう思い出すと同時にバーンの身体は大人の身体に戻っていた。
「そうか。これは俺の夢の中か……。」
自分の重い過去をユーフォリアに見られてしまい、少し恥ずかしい気持ちになる。
『バーン!大丈夫か?』
と、次の瞬間ニーナの声が聞こえた。
ニーナはまだ眠らずにフローレンスの部屋にいて、ユーフォリアに持たせたマジックアイテムでユーフォリアの見ている夢を監視すると言っていた。
「もしかしてニーナもさっきまでの俺の夢を見てた?」
『ああ。一部始終見させてもらった。村を襲った奴らの事が気になるが、その話はまた後で話そう。ちなみにメイドのメアリーと黒い神官のキルケゴールも一緒に見てたぞ。』
「あああああ!恥ずかしい!!!」
「バーンさん、いいから行きますよ!」
バーンはユーフォリアに手を引かれ、自分の生まれ故郷の村からフローレンスの夢へと向かった。




