79.仮面舞踏会12 -舞踏会の終演と悪魔教団-
「終わったぞー!」
バーンは二階バルコニーから、一階のアルベルト、そして反対側のロイに報告する。ロイも右手を挙げ、無事暗殺者を制圧した合図をする。
そんな二階の様子を確認した後、アルベルトが呟く。
「どうやらお互いの部下が、無事に取り押さえてくれたようですね」
アルベルトは、バーンはともかく、ロイがなぜ襲撃直後に二階にいたのか分からなかったが、事態が鎮静化したことに安堵のため息をつく。周囲にはアルベルトを守るため、直属の部下ブルーノとフェルナンデスだけでなく、領主の部下たちが集まって来ていた。
「陛下、お怪我はありませんか?」
「ああ大丈夫だ、心配するな。…ニーナさん、残念ですが舞踏会はここまでのようですね…」
部下に別室への移動を指示され、アルベルトは残念そうな顔で仮面を取り外す。
「詳しい話は私も聞かせてもらうぞ」
そう言ってニーナも仮面を外す。それに続いて室内にいる者たちも次々と仮面を外していった。
こうしてローガン邸での仮面舞踏会は、皇帝襲撃という不本意な形で終わりを迎えた。
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会場では貴族たちが集められ、状況の説明を受けていた。別室では、アルベルト、領主ローガンとその護衛、ニーナたちセントラールの面々が集められた。
「オズワルド男爵をお連れしました。」
そこにオズワルド男爵を連れたロイがやってきた。襲撃犯二人は、彼の護衛であったため、これから尋問するためだ。連れてこられたオズワルド男爵=ロイの後ろに立っているあごひげを蓄えた痩せた男は、怯えで目の焦点があっておらず、その体は小刻みに震えていた。
アルベルトは、オズワルドに反逆の意思はないという事は見抜いており、二人の護衛を雇った経緯について問いただした。オズワルドによると、今回の仮面舞踏会への出席のため急きょ冒険者ギルドを介して雇ったという事であり、その中でも格安の料金で引き受けた者たちという話だった。
「そんな身元も怪しい者たちを雇うなどと…。おそらく邸内に入る際に確認した身分証も偽造だろう。だいたい分かった。オズワルド男爵、処分は追って通達する。死罪は免れるよう努力するが、爵位はく奪は覚悟しておいてもらいたい。」
アルベルトにそう言われると、オズワルド男爵はその場に泣き崩れた。財力も権力も弱く、ここで新皇帝に取り入ろうとした結果、皇帝の命を狙う何者かに利用され、爵位はく奪という結果になった。無駄にプライドだけ高い男からしたら、爵位はく奪は死刑と同じ意味を持つであろう。
ロイはオズワルドをむりやり引き起こすと、部屋の外に連れ出した。
二人の暗殺者については、二人とも生きたまま捕縛したが、意識を取り戻すと同時に隠し持っていた毒により自害した。二人を仲介したという冒険者ギルドへも身元の確認が必要だが、誰にでもなれる冒険者という職業ゆえ、黒幕をそこから見つけるのは難しいだろう。
そんな状況の話し合いが続いた後、部屋の中では皆、難しい顔をしていた。そんな中、ニーナからアルベルトへ質問が投げかけられる。
「自害するとは暗殺者の忠誠心は恐ろしいな。妙な武器を使っていたようだが、そこらから襲撃者の正体に心当たりはないのか?」
そう言われたアルベルトは、横にいる部屋に戻って来たばかりのロイと目を合わせると、ロイが口を開く。
「恐らく、悪魔教の手の者ではないかと…」
「悪魔教?!」
ニーナが少し強めの声で驚く。
「聞き捨てならんな、詳しく聞かせてくれないか?」
ニーナからそう言われ、アルベルトが口を開く。
「詳しくと言っても、その全貌は我々も把握できていないのですが、帝国領内に悪魔を崇拝する悪魔教団が存在している事が分かっています。その者たちが今回使ったような特殊な武器を使う事も。帝国では唯一神を信仰しており、悪魔を崇拝することは法律で禁止されています。そのために私の命を狙っているのか…それとも反乱部族の制圧の時とかに、やつらのアジトの一つもつぶしちゃったのかな?アハハ…。」
「そいつらが崇拝している悪魔の名前は?」
「え?名前…ですか?悪魔にも名前があるのですか?」
「おまえは悪魔を見たことはあるか?」
「ええ、以前ロイと地下迷宮に降りた時に、下位悪魔だけでなく上位悪魔にも遭遇したことがあります。」
「そうか。その上位悪魔のさらに上位の、魔王と呼ばれる悪魔たちのことについては?」
「魔王…たち?それは複数いるのですか?」
「かつて西の海にあった大陸の古代超帝国に六体の魔王が襲って来た事があった。さらにその昔には、72体の魔王と契約を交わしたという王もいたという話を聞いたこともある。もし現代にその内の1体でも現れたなら、この人間の世界は破滅するだろう。悪魔とはドラゴンに匹敵する強者だ。」
全く知らない知識にアルベルトたちは言葉を失う。そこにバーンが質問を投げかける。
「その、古代超帝国を襲った六体の魔王はどうなったんだ?」
「超帝国に住んでいた火山龍と、聖剣を持った5人の騎士によって撃退された。バーン。お前の持っているフレイムソードも、その時振るわれた聖剣の内の1本だ。」
その知らなかった情報に、バーンも驚く。そして再びアルベルトが口を開く。
「ニーナさん、先ほどから私たちも全く知らない話ばかりで…、しかしながら全くの嘘とも思えません。ニーナさん、それほどの話を知っているあなたは、何者なのですか?」
ニーナは少し考えた後、アルベルトに全てを話した。自分は超帝国時代から生きている不老不死の魔法使いであることを。その部屋にいたアルベルトたち帝国の人間は、驚きで言葉を発せられずにいた。
「ともかく、その悪魔教というやつらが、もしもその魔王のうち一体を信仰しているというのであれば問題だ。万が一魔王を召喚した場合、今の人間の世界では太刀打ちできない。力を貸してくれるドラゴンもいないし、それに匹敵する戦士もいない。最悪の場合、人間の文明が滅びるだろう。これはお前たちバスク帝国だけの問題ではない。人類全体の問題だ。」
「それは、悪魔教討伐に関してご協力いただけるという事ですね。」
アルベルトの横に立つロイが口を開いた。コクンと頷くニーナ。心強い協力者となってもらえるであろう事に、安心した表情になる。そしてアルベルトがニーナの眼を見て話しかける。
「ニーナさん…、ありがとうございます。現在はまだ悪魔教団の目的や拠点など、詳しい事は何も分かっていません。お話を聞いて、やつらは滅ぼさなければいけない危険な集団だと分かりました。その時はお力をお貸しください。」
「うむ。私たちはこれから、このインフェルノの妹を助けるためマインステート王国まで行かねばならん。その後詳しい話をしにおまえのところへ行こう。どこまで行けばいい?」
「それでは、バスク帝国帝都コークシュタインブルグ、ヴァーミリオン宮殿までお越しください。後で特別な手形をお渡しします。そしてニーナさん…。」
アルベルトは席を立ち、ニーナの前に跪く。
「この度は何度も命を救ってくださり、ありがとうございました。先ほどは邪魔が入り舞踏会が中断になってしまいましたが、本来仮面舞踏会ではダンスに誘った者が最後にパートナーに告白するというルールがあります。改めて伝えさせてください。」
「えっ?」
急に何を言ってるの?という顔になるニーナ。アルベルトはそのまま言葉を続ける。
「ニーナさん。結婚してください。」
目を丸くしているニーナ。空気が凍る。そして少しの沈黙の後、
「ダメダメダメダメダメ!絶対に嫌!」
そう言って怖いものから逃げるように、ニーナはパンドラの後ろへと隠れた。
「私には好きな人がいるんだ!お前とは結婚なんてできない!そもそもこんな時に突然何を言い出すんだ
お前は?!」
プッと噴き出すバーン。インフェルノやロイも笑っていた。ただアルベルトだけは残念な表情でニーナに訪ねる。
「あなたに好かれているという幸せな人はどんな人ですか?」
恥ずかしそうにパンドラの背中に顔をうずめるニーナ。ニーナの代わりにパンドラが口を開く。
「あんたさっきから聞いてれば調子に乗るんじゃないわよ。」
そう。パンドラはまだ酒が抜けていなかった。その乱暴な言葉遣いに同じ部屋にいた領主ローガンやその護衛たちは顔を青ざめる。だが皇帝の側近であるロイは苦笑いを浮かべるだけだった。
「ニーナの大切な人はね、最期の戦いに向かう時に、ニーナに危険が及ばないようにこっちの大陸に送ってから言ったの。生まれ変わってもまた会いに行くって。だからこの子は時間を止めてずっと待ってるの。あなたがニーナの心に入る隙なんてないのよ!」
「こら!余計なことを言うな!」
ペラペラとしゃべるパンドラに、ニーナが耐え切れずパンドラの口を両手で塞ごうとする。もごもとと口をこもらせるパンドラ。
「それは超帝国時代の話ですか?だとしたらその方はもう生きていないのでは?」
「うるさいわね!そんな事わかんないじゃない!ともかくあんたはお呼びじゃないのよ!」
先ほどまで自信満々で高圧的だったニーナが、こういった話になると突然恥ずかしがる。その光景にバーンは苦笑せざるをえない。あまりに面白いので、もっと詳しい話も聞いてみたいところだと思う。
離れなさいよとアルベルトの頭にチョップを打つパンドラ。敵意があるわけではないため、それを無防備に受けつつ、アルベルトはニーナにさらに問いかける。
「ニーナさん。その方にあって私に足りないものは何ですか?いつ帰ってくるか分からない人を待っているより、私と一緒になってくれませんか?」
諦めず求婚を続けるアルベルトに、パンドラがさらに妨害をする。
「あんたしつこいのよ!ニーナが惚れるのは、かっこよくて、強くって、とても優しくて、誰からも愛されていて、ずっとずっと素敵な人じゃないとダメなのよ!」
それを聞いていたロイが、思わず口を挟む。
「ちょっと待ってください。その条件なら、ウチの陛下なら結構いい線いってると思うんですが…。」
それを聞いた部屋の一同が思案を巡らせる。
かっこよくて、強くて、優しくて、人から愛されている。
一同がお互いに部屋の面々の顔を見回す。
この部屋の中でもアルベルトが最も容姿に優れ、剣術にも優れており、芯の強さと共に心の優しさを持つこともよく知られており、そして敵も多いが慕う者も多い。
さっきパンドラが言う条件で言えば、アルベルトこそニーナの求める要素を持つ人間ではないか?
パンドラが何か間違えたという顔をする。
「ちょっとパンドラ!」
「フフフ…。ニーナさん分かりました。まだ出会ったばかりで求婚などしても困ってしまいますよね。それでは友人から始めさせてもらえませんか?」
パンドラの背中越しにアルベルトの顔を除くニーナ。いろいろと言いたいことがありそうに細目になって見つめると言った。
「友人になってやるのはいいが、何も始まらないぞ?」
「ハハハハハ、ありがとうございます。」
アルベルトは笑いながらお礼を述べた。つられて部屋の他の者たちも笑い出した。
そんな中、ユーフォリアがインフェルノに訪ねた。
「ねえねえ、あんたこの舞踏会で最後告白しなければいけないって知ってたの?」
「ああ」
「その場合、ダンスに誘ったのが私だから、私があなたに告白しなければいけなかったってこと?」
「そうだが、どちらにせよ適当に切り上げて退場するつもりだった。お前はそのルールを知らなかっただろう?」
「んもー!そういう事は早く言いなさいよ!」
皇帝襲撃事件で幕が下りた仮面舞踏会であったが、なぜか最後は皆朗らかな雰囲気になっていた。




