78.仮面舞踏会11
その部屋の奥にはオーケストラがおり、皇帝が部屋に入ると共に演奏を始まった。ゆっくりとしたテンポのワルツが室内に流れる。低い柵で囲まれた部屋の中央部はダンスフロアとなっており、天井にある豪華なシャンデリアから柔らかな明かりが照らされていた。
次々と男女のペアがダンスフロアに降りて行き、踊り始める。
ダンスフロアの柵の外には柔らかなソファと低いテーブルがあり、見学する者はそちらの席に移動していた。
メイドたちが、見学者のために飲み物を配って回る。
「ニーナさん、ご一緒にお願いします。」
アルベルトに手を差し出されると、ニーナは「うむ。」と言ってそれに応え、アルベルトと一緒にダンスフロアへ降りてゆく。フロアに降りた二人は、アルベルトの優雅なエスコートで、ニーナと二人ゆっくりと音楽に揺られる。
ユーフォリアは、柵の外でそんな二人のダンスをうっとりと見つめていた。
「どうした?」
横に居たインフェルノは、ぼーっとダンスホールを眺めるユーフォリアに声を掛ける。
「素敵よね。せっかくこんなに綺麗なドレスを着てるんだし、私も一緒に踊ってみたいわ。」
ユーフォリアはそう言って、自分が今着ているドレスを見つめる。貴族の娘であるユーフォリアだが、父が倹約を重んじるため、こういった豪華なパーティーに出席する機会はあまりない。最近では王都でフローラ姫の誕生会に呼ばれたくらいだ。ユーフォリアも17歳の女の子であり、ドレスを着て人前で踊る事に心がときめく。自分の友人たちを見回すと、インフェルノ、パンドラ、サリィ、そしてセントラールの騎士4人…。バーンは、いつのまにかどこかに行ってしまったようだ。
「バーンさんはどうせ踊れないし…。あなた少しは踊れるんでしょ?」
「それは、付き合い程度なら…、でも…、」
「いいわ!行きましょ。」
ユーフォリアはそう言って、半ば強引に困惑した表情のインフェルノの手を引き、ダンスホールへ降りて行った。
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「皇帝陛下というのも大変そうだな。命を狙われたり、取り巻きに追われたり。気の休まる暇もなさそうだ。」
ニーナは踊りながらアルベルトに話しかける。
「否定はしません…。」
アルベルトは、苦笑いをしながら答える。できることなら王宮でふんぞり返っていたい。仕事は椅子の上で全部指示して、それで済んだらいいのにと思う事もある。だが実際は、そうはいかない。時には現地に赴き、実際に人と会い、そして判断を下す必要がある。皇太子だった時にずっと椅子の上に座っていたら、知らないことだらけだっただろう。何も知らなかったら、周りの者の権力争いのコマとして良いように扱われていたかもしれない。だがアルベルトは自ら戦地に赴き、自らの目で見て、自ら戦い、そして考えた。その大変なことの結果が今の自分を作っているのだから、苦労も努力も意味があったと考える。
「ニーナさんこそ、魔法を習得するためによほど苦労をされたのでしょう?」
ニーナの話にすり替える。高みに上った人間というのは、そこに至るまでの過程にたくさんのドラマがあるものだ。アルベルトはそこに非常に興味がある。
「残念ながら私は天才なので、最初から全部できたんだ。まあ苦労はそれなりにしてきたけどね。」
「フフフ…なるほど…。」
アルベルトたちと少し離れたところで、インフェルノとユーフォリアの二人も、ゆっくりとしたステップでダンスを踊っていた。
「なかなか上手じゃない」
ユーフォリアに褒められても、インフェルノは何も言わない。
「あなたの国では、こういうパーティーに出る機会はよくあるの?私はあんまりなくて。だから時々こういうドレスを着ちゃうとワクワクしちゃうわ。」
「パーティーか…、故郷が周辺諸国と合併して連合国家になってからは、各国に呼ばれる機会が増えたな。どの国も自分たちの力の強さをアピールしたがるようだ。俺はワクワクするより、疲れるばかりで苦手だな。」
「そうなの?まあフーちゃんも言ってたわね。あなたが家の事で大変そうだって。」
「そんな事を言ってたのか…。心配かけないようにしなければいけないな…。」
「心配と言えば、言ってたわよ!あなたが全然結婚する気配がなくて心配だって。お見合いの話も全部断ってるんだって?」
「そんなことまで言ってたのか?!あいつめ…。」
ニヤニヤした顔をして、インフェルノをからかうユーフォリア。インフェルノは少し顔を赤くして顔を伏せる。
そんな二人の姿が、ニーナの視界に入り、ニーナたちは近くへ寄ってくる。
「おまえたちも来たのか。ん?どうしたインフェルノ?」
ニーナにそう話しかけられて、インフェルノは顔を背ける。
「なんでもない。」
その時、吹き抜けのダンスフロアを囲む2階席の何か所から、悲鳴や物音が響いた。
「何事だ?!」
アルベルトは立ち止まり、周囲を見回す。次の瞬間、二階席から放物線を描きながら、いくつもの円形の手裏剣がアルベルト目がけて襲い掛かった。
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バーンはセントラールの仲間を置き去りにして、先ほど声をかけたロイと共に階段を登り二階席に上がって来ていた。二階席は吹き抜けのダンスフロアを見下ろせる形になっており、ダンスフロアを囲うような形になっていた。柵の横には低いテーブルとソファが並んでおり、そこに座ってダンスフロアを眺める事が出来る。一階席よりも少しうす暗い照明で、落ち着いて鑑賞ができるようになっていた。
一緒に階段を登って来たバーンとロイは、二階に上がるとなぜか左右に分かれて歩き出した。
二階の突き出したバルコニー部分に、その男はいた。男は後ろから近寄ってくる人の気配に驚き、振り返る。そこに立っていたのは、バーンだった。
「あんた貴族の護衛なんだろ?こんなところで一人で何をしているんだ?」
バーンはその男に問いかけた。
「あ…、素晴らしい舞踏会なもので、一人で見学をさせてもらっていたところです。あなたこそ何か用ですか?」
男はそう言うと、反対側のバルコニーの様子を確認する。そこには男の仲間が、同じくアルに話しかけられていた。
「チッ!!!」
舌打ちをすると共に、突然バーンに正面から前蹴りをくらわせ吹き飛ばす。警戒はしていたものの、その不意打ちにバーンは後方へ突き飛ばされる。大きな音を立てて転倒するバーン。たまたま通りかかったメイドが、それを見て悲鳴を上げる。すぐに立ち上がろうとするが、その隙にバーンに蹴りをくらわせた男は、懐から取り出した円月輪と呼ばれる特殊な円形の手裏剣を、バルコニーの先から皇帝へ向け投擲していた。その直後、バーンは中空から抜いたフレイムソードで斬りかかる。男は袖の中から飛び出した剣で、バーンの一撃を払いのけた。
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「危ない!」
アルベルトは、それぞれ違う軌道で自身に襲い掛かる4枚の円月輪に、自分が逃げれば周りの誰かに当たってしまうと判断する。かと言って叩き落すための武器もない。そして誰かを巻き込むより、自分が盾となることを選択する。怪我は後で治療してもらえばいい。
アルベルトはニーナをかばい、困惑した表情のニーナの頭を押さえて抱き寄せる。そして4つの円月輪が…、アルベルトに当たる前にチャリン!という音と共に床に落下した。
「いったい何が?」
伏せた顔を上げる。そして同時に武器が投げられた方向を確認すると、二階の左右のバルコニー部分で格闘が行われているようだ。優秀な部下ならば取り押えてくれるはず。次の攻撃はないと判断し、安心する。
「ニーナさん、お怪我はないですか?」
「私は大丈夫だ。」
笑顔で答えるニーナ。
「それにしても、なんであの武器は途中で落ちたんだ…?」
独り言のようにつぶやくアルベルトにニーナが説明する。
「私の周りには、私を傷つける可能性のあるあらゆる投擲物・魔法から防御する三重の防御壁が常時展開されているんだ。私の近くにいれば遠距離攻撃は当たらないから安心しろ。」
アルベルトは絶句する。守ったつもりが、逆に自分が助けられていたのだ。
しかも常時展開されている投擲物・魔法からの防御壁という、未知の力によって。それはバスク帝国の魔法では、全く届かない高度な領域の話だった。アルベルトは、説明を聞いても、にわかに信じられななかった。だがダンスフロアには、実際に自分に届かなかった4枚の円形手裏剣が転がっていた。
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バーンから怪しい奴がいるので手を貸してくれと話しかけられたロイは。話半分で彼と共に追跡を始めた。
その男とは、舞踏会に参加しているオズワルド男爵の護衛をしている二人だった。オズワルド男爵はそれほど力のある貴族ではなく、反乱する可能性は考えられない。だとすると護衛に化けた余所から遣わされた暗殺者という可能性もある。だが、この館に入る前に、十分な身辺確認と持ち物調査を行われているはずなのだが。そして、バーンになぜその二人が怪しいと思ったのか?と聞くと、俺は悪い奴が一目で分かる、という訳の分からない理由を聞かされた。
はっきり言って信じられない方が強かったが、皇帝の身を護るためならほんの少しの危険の芽も摘み取らなければいけないと思い、バーンの話に乗ってついてきた。何かの間違いならそれでいい。
二人の男は二階に上がると、二手に分かれて歩き出した。守るべきオズワルド男爵を一階に残したまま。明らかに不可解な動きだ。バーンと二手に分かれ、男を追う。
柱の陰を曲がり、男はバルコニーに立つと懐に手を入れる。不審な動作に、「動くな!」とロイは警告する。しかしその声を聞いてもその男は、懐から取り出した円形の手裏剣、円月輪を、階下へ向けて投擲した。その直後ロイが腰から抜いた剣の頭部への一撃で、その男は戦闘不能になる。
ロイは慌ててその男を乗り越え、バルコニーから階下を確認すると、アルベルトたちは無傷であることがわかり、ほっと胸をなでおろした。
反対側のバルコニーでは、バーンが暗殺者と戦っていた。
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暗殺者が両手に付けた手甲から、約20cmほどの剣が飛び出す。バーンは一撃で倒すのは簡単だが、周りの被害がでないよう最小限の力で倒すための加減をしている。またフレイムソードは長剣のため、狭いバルコニーでは振り回しにくい。そして相手の剣術は独特で見た事のない動きをするため、バーンは苦戦していた。
何度か剣と剣がぶつかり合う。バーンは、暗殺者の連撃をはじくのがやっとだ。上から振り下ろされる右手の剣を下から打ち返す。直後左手の剣の突きを一歩下がって交わす。そうしてじりじりと壁際に押しこまれてゆく。バーンの後ろにはもう逃げ場はない。暗殺者は勝利を確信し次の攻撃に移った。
今までの剣は全て壁際まで押し込むための攻撃で、とどめを刺す殺意の籠ったものではなかった。そして次の突きに、その殺意を感じる。最後まで押し込んでくる、それまでよりも深い踏み込みの一撃だと察し、バーンは一歩踏み込む。それまで交わされていたフレイムソードの一撃が暗殺者の頭部に炸裂する。
インフェルノに雑だと言われアドバイスされたように、インパクトの瞬間刃を寝かせ頭部をぶん殴る。その衝撃で暗殺者は気を失い倒れ込む。おそらくあごの骨が折れるくらいはしているだろう。
だが辺りを血の海にせずに、バーンは謎の暗殺者を沈黙させることに成功した。




