76.仮面舞踏会9
バーンは慣れないテーブルマナーも、だんだん開き直ってしまえるようになってきた。今回もどうせ自分はニーナたちのおまけである。だれも自分の所作には注目していない。そう思うと、自然と周りを見る余裕もでてくる。自分のテーブルに座る仲間の様子を見てみると、セントラールの騎士たちは非常に緊張しているのが分かった。基本セントラールの人間は、他の国に行くという機会は少ない。それは北側に険しい山脈に囲まれ、西には海、南側の国境の先は人類未踏の密林、東の山を越えると砂漠地帯が広がっており、セントラール王国が孤立した大国であるためである。だからセントラールの騎士たちも初めての外国であろう。しかも貴族ではない自分たちが国の代表として、バスク帝国皇帝に招かれたのだ。緊張するのも仕方ない。
それにしても隣に座るインフェルノはこういう場面に慣れているのか、はっきり言って食べ方が美しい。剣術においては絶対に負けたくないと思っているが、テーブルマナーでは全く太刀打ちできないだろう。悔しいがそれは認めざるを得ない。
そんな横からの嫉妬のような視線を送っていたところ、インフェルノは切り分けた前菜をフォークで口に運ぼうとした瞬間、バーンの視線に気づいた。
「なんだ?」
「いや…。」
目を逸らすバーン。
「おまえもう前菜を食べてしまったのか?もっと味わって食べたらどうだ?よく見てみろ、この野菜のテリーヌ。見た目もカラフルで美しく、味わいも深い。野菜の甘味と魚肉の旨みが個性を生かし合っている。こんなところでも帝国のけた違いの底力を感じるな。」
「……。専門用語並べられても、何を言っているのか全く分からねえよ…。俺に分かるのは、ちょっと味が薄くて量が少ないって事だけだ。」
「……。うむ、俺が悪かった…。」
インフェルノも貴族とはいえ、やはりバスク帝国の皇帝が食べるような食事は初めてである。前菜からその繊細な料理にあまりに感動してしまい、うっかりバーンに感想を述べてしまった。バーンのようなお子様の味覚の男に同意を求めた自分が間違っていたと、素直に認める。
「ところでバーン。あの男、皇帝だったとは本当にびっくりしたな。」
「おう!それな。」
この館には、ニーナたちより先にバーンたちが着いた。馬車を降りて早々現れたアルベルトにバーンは、「あれ?おまえは?!」と声を掛けてしまい、周りがざわついた。その瞬間、近くにいた騎士は腰の剣に手をかけており、襲われるのではないかと焦ったが、すぐにアルベルトが制止して皇帝であることを名乗り、黙っていてすまなかったと謝罪してくれたからいいようなものの、もう少し遅かったらバーンもフレイムソードを抜刀して抗戦するところだった。
「どうやらあの男、ニーナを狙っているようだな。このテーブルの席もあからさまだし、周りの者も近づけさせないようにしているようだ。いいのか?」
「いくらこの国の皇帝でも、ニーナには好きな人がいるって言ってたから難しいんじゃないか?」
「そうなのか?ふむ…。」
なにか言いたそうだが口を閉ざすインフェルノ。
「そんな事よりさ、今日も襲撃あるかな?」
「はあ?」
「昨日広場で襲われてたじゃん?今夜もやってくるかなと思って。」
「おまえ、なんだか襲撃を待ちわびてるみたいだな?」
「いや、昨日は魔法使っただけじゃん?なんか最近全然剣を振るってないような気がしてさ。」
「もしかしておまえ、暴れ足りないのか?バカか?昨夜は広場だったから誰でも入れたが、こんな厳重な領主の館に敵が入り込む隙間などあるわけないだろう?」
「万が一ってこともあるだろ?ほら、あの壁沿いにいるやつとか、あそこの柱の陰にいるやつとか、もし襲ってきたらどうする?」
「あれはここにいる誰かの護衛だろう?襲って来たとしても、俺たちは今日は武器を持ってないだろう?」
「俺には、いつでも取り出せるフレイムソードがあるじゃん?」
「おまえ、万が一何者かが襲って来ても、やたらとフレイムソードを振り回すのはやめろ!そもそもお前の戦い方は雑なのだ。貴族のパーティーを血まみれにするなよ?」
「え?じゃあどうすればいいんだ?」
「お前の剣術は雑なのだ!いくら攻撃力が高いからって、首を跳ねたり正面から叩き切ったりするな。斬撃ではなく、平打ちなどの打撃で戦闘不能にすればいいだろう?」
「ああ、剣の平らな面で?おまえはどうする?今周りのやつらが襲い掛かってきたら?逃げるの?」
インフェルノはムカッとした顔で、
「逃げてどうする?!周りの武器になりそうなものを使って抵抗するしかないだろう?相手が剣ならこのナイフじゃ相手にならないから、椅子を振り上げて相手を自由にさせなくするんだ。」
「じゃあさ、あっちのやつが……」
それからバーンは、インフェルノとそんな話ばかりしているのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「皆さま、お食事の途中ですが、ただいまより奇術ショーを開催いたします。」
部屋の正面に設置された舞台でフェルナンデスがそう宣言すると、ニーナたちのテーブルに座っていた面々は、舞台に視線を集中した。
舞台に奇術師が登場すると、手に隠し持ったマッチ棒を反対の手に持ったやすりとこすり合わせ発火させると、口に含んだアルコールを霧状に噴き出す。マッチの炎が引火し、まるでドラゴンのように口から火を噴いたような見世物を見せ、会場の中央で頭を下げ挨拶をした。会場はそのデモンストレーションから、拍手と歓声で迎える。
ニーナは、パンドラたちに自慢気に説明を始める。先ほどと全く違うその無邪気な姿は、まるで子供のようだった。その姿にアルベルトはほほ笑む。
そんなニーナたちのテーブルに、厳しい目線を送る者がいた。一人二人ではないそれは、他のテーブルに座るバスク帝国の貴族たちだ。
アルベルトの叔父など、皇帝の座を狙う者もごくわずかいるが、上げた戦果やその実力を考えれば現在のアルベルトの帝位は盤石だと考える者も多い。アルベルト派閥は大きく強く、それに逆うデメリットが大きすぎるのだ。だとするとほとんどの者が、それに取り入りたいと考える。
アルベルトは独身で、現在結婚相手を探しているとなると、后を出した一族は莫大な権力を握ることができるだろう。またアルベルトは、容姿も良く、女性に優しいことで有名だ。そのため国中から結婚の申し込みが殺到している。
だがこの変わり者の皇帝は、なかなか結婚しようとしない。一部では同性愛者ではないかという噂すら流れてくる。だが実際に会ってみれば、逆に相当の女好きに思える。まったくつかみどころがない男だ。
今回、このラヴァーズフィールドへ来るという事で、アルベルトの妻へ立候補しようと周辺の貴族たちが自分の娘たちを連れこの街へ集結した。アルベルトは毎日時間を取って、結婚の申し込みに来た娘たちと一人一人順番に面会をしてくれた。
バスク帝国はセントラール王国と違い、貴族の影響力が非常に強い。貴族の娘となると政略結婚以外の道はない。年の離れた醜い男や性格の悪い男、将来苦労する身分の低い男などと結婚させられるくらいなら、少しでも条件の良い相手と結婚したいと思う。その点アルベルトは、貴族の娘たちからしたらこれ以上ない最高の結婚相手であった。そのためアルベルトとの面談では、どの娘も必死にアルベルトの機嫌を損ねないよう努力して接した。アルベルトの軽妙なリズムの会話と、豊富な話題に、どの娘も会う以前よりさらにこの男と結婚したいと思うのであったが、アルベルトの方はさっぱりだった。
そして仮面舞踏会の最終日、夕食会でアルベルトの隣に座っていたのは、誰も知らない異国の女だった。
これに貴族たちは嫉妬しないわけがない。だが聞くところによれば、遠くセントラール王国から来た王族の関係者だという。国内の勢力争いよりも、他国との国交の事を考えているのかもしれない。貴族たちはそう納得し、その嫉妬を押さえ見守っていた。
そんな視線に気づいているのかいないのか、ニーナたちは奇術ショーを全力で楽しんでいた。




